ヴァーツラフ・ニジンスキー

ヴァーツラフ・ニジンスキー：伝説のバレエダンサー、その生涯

ヴァーツラフ・フォミーチ・ニジーンスキー（Vaslav Fomich Nijinsky, 1890年3月12日 - 1950年4月8日）は、ロシア帝国（現在のウクライナ）のキエフで生まれたバレエダンサー、振付家です。妹に同じくバレエダンサー、振付家であるブロニスラヴァ・ニジンスカがいます。ニジンスキーは、その卓越した才能と革新的な表現で、20世紀初頭のバレエ界に大きな足跡を残しました。

生い立ちとバレエとの出会い

1890年、旅回りのダンサーであった両親のもと、キエフで生まれたニジンスキーは、ポーランド系の家庭に育ちました。しかし、ポーランド語は苦手で、ロシア語を母語とし、自身をロシア人だと認識していました。幼少期は活発で多動的な子供でしたが、兄が精神疾患を患い若くして亡くなったという悲しい出来事も経験しています。一方、妹のブロニスラヴァは兄の影響を受けバレエダンサーとなり、後にバレエ・リュスの振付家として活躍しました。

9歳の時、ニジンスキーはサンクトペテルブルクの帝室マリインスキー劇場附属舞踊学校に入学し、エンリコ・チェケッティらに師事しました。在学中からその才能は際立ち、卒業後すぐにマリインスキー劇場の主役ダンサーに抜擢されました。

セルゲイ・ディアギレフとの出会い

ニジンスキーの人生を大きく変えたのは、興行師のセルゲイ・ディアギレフとの出会いでした。当時の帝室舞踊学校では、生徒がパトロンから支援を受けることが一般的であり、ニジンスキーとディアギレフもそうした関係から始まり、やがて公私にわたる深い親交を結ぶことになります。1909年、ディアギレフはニジンスキー、アンナ・パヴロワ、ミハイル・フォーキンらを連れてパリでバレエ・リュスを旗揚げし、ヨーロッパの芸術界で名声を確立しました。その後、ニジンスキーはマリインスキー劇場に復帰しますが、トラブルにより解雇され、再びバレエ・リュスに戻りました。バレエ・リュスでは、フォーキン振付の『薔薇の精』や『ペトルーシュカ』に主演し、特に『薔薇の精』では驚異的な跳躍で観客を魅了しました。

振付家としての挑戦と苦悩

ディアギレフの支援を受け、ニジンスキーは振付家としての才能も開花させました。『牧神の午後』、『遊戯』、『ティル・オイレンシュピーゲル』といった作品を振り付けましたが、中でも『牧神の午後』は、その性的な表現が物議を醸し、ディアギレフからも才能を疑問視されるようになりました。その後、ストラヴィンスキー作曲の『春の祭典』では、従来のクラシック・バレエの概念を覆す革新的な振付を行い、20世紀バレエの幕開けを告げました。しかし、1913年のバレエ・リュス南米公演中、ニジンスキーは自身のファンであったロモラ・デ・プルスキと結婚し、激怒したディアギレフによって解雇されてしまいます。解雇後、ニジンスキーは自身のバレエ団を設立しようと試みましたが失敗、心労から精神を病み始めました。

発狂と悲劇的な後半生

1916年にバレエ・リュスに復帰したものの、精神状態は悪化の一途をたどります。1919年1月19日、静養先のサンモリッツのホテルで「神との結婚」と名付けた公演を最後に神経衰弱に陥り、精神病院に入院しました。入院前後の6週間に書かれた日記は『ニジンスキーの手記』として知られています。診断の結果、統合失調症と診断され、その後は精神病院を転々としました。危険なインスリン・ショック療法を受けるなど、悲劇的な晩年を送りました。妻ロモラは献身的にニジンスキーを支えましたが、ニジンスキーが再びバレエの世界に戻ることはありませんでした。第二次世界大戦中は、ハンガリーで入院生活を送っていたニジンスキーは、処刑されそうになったところをソ連兵に救出されました。その後、ロンドンに移り、1950年4月8日に亡くなりました。遺体はパリのモンマルトル墓地に改葬されました。

その伝説と遺産

ニジンスキーは、驚異的な跳躍力と中性的な身のこなしで伝説的なダンサーとなりました。そのバレエの映像が残っていないことも、彼の伝説化に拍車をかけています。彼の振付の多くは失われていましたが、近年になって『春の祭典』や『遊戯』などが復元されています。ニジンスキーの生涯は、多くの書籍や映画、舞台作品で描かれており、その芸術と人生は、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

ニジンスキーは、その短い生涯の中で、ダンサー、振付家として、バレエ界に革命をもたらしました。その革新的な表現は、後世の芸術家に大きな影響を与え、今もなお、その芸術性は語り継がれています。

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