譜 (源氏物語)

源氏物語における謎の付加資料「譜」

平安時代を代表する長編小説『源氏物語』。その成立初期、物語の理解を助ける何らかの資料が存在したとされています。それが「譜」です。現在、我々が目にする『源氏物語』とは異なる、初期のテキストや解説書があったことを示唆する興味深い史料です。

更級日記の記述：物語を理解する手がかり

鎌倉時代後期に編纂された『幻中類林』は、源氏物語に関する様々な情報を集めた注釈書です。その中に収録された「光源氏物語本事」には、更級日記の記述が引用されています。この記述は、作者の菅原孝標女が初めて『源氏物語』を読んだ時の様子を描いています。定家本では「五十余巻の櫃に入りて」とありますが、「光源氏物語五十四帖に譜ぐして」と記されているのです。「譜」は、物語を読む際に参照した何らかの資料であったと考えられます。

鎌倉時代の識者たちの見解：多様な解釈

『譜』が一体どのようなものだったのか。『幻中類林』の著者了悟もその実態を解明しようと、当時の知識人に意見を求めました。その結果、様々な解釈が提示されています。

系図説: 衣笠家良、藤原頼隆、藤原知家といった有力者たちは、『譜』を人物関係を示す系図（氏文）と捉えていました。物語の登場人物たちの複雑な縁戚関係を理解する助けとなる資料だったのかもしれません。

巻名目録説: 源具氏は、『譜』を巻名や物語のあらすじを記した目録だと考えました。物語全体の構成を把握したり、特定の場面を検索する際に役立つ資料だった可能性があります。

* 注釈書説: 真観は、『譜』を注釈書だと推測しました。ただし、真観自身も「上代のことはかりがたし」と述べており、断定は避けました。これは、平安時代の古い資料の解釈が難しいことを示唆しています。

これらの意見は、いずれも『譜』が単なる物語ではなく、物語をより深く理解するための補助資料であったことを示唆しています。

「譜」の存在意義：物語享受の歴史における転換点

『源氏物語』成立直後の時代、それは単なる娯楽作品と見なされていた可能性があります。「譜」の存在は、物語が単なる「女子供の手慰み」を超え、より深く解釈され、研究される対象になりつつあったことを示しています。源氏物語の最初の注釈書である源氏釈（12世紀半ば成立）より100年以上も前に、このような参考資料が存在したことは、源氏物語の享受の歴史において注目すべき点です。物語の解釈や理解を深めるための努力が、既に当時からなされていたことを示していると言えるでしょう。

「譜巻」の記述：系図の可能性

「光源氏物語本事」には、後白河天皇の皇女である式子内親王の写本に「譜巻」が付されていたという記述もあります。藤原頼隆はこれを系図と解釈しています。この記述は、『譜』が単一の資料ではなく、複数の形態で存在した可能性を示唆しています。

まとめ：謎多き資料が解き明かす源氏物語の世界

「譜」の正体はいまだ謎に包まれた部分も多いですが、更級日記や『幻中類林』の記述から、その存在と意義は明らかになりつつあります。これらの史料は、私たちが現在目にしている『源氏物語』とは異なる、初期のテキストや解釈が存在した可能性を示しており、源氏物語研究における重要な手がかりとなっています。今後の研究によって、「譜」の実態がさらに明らかになることが期待されます。

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