谷博

谷 博氏：プロ野球を支えた名審判の軌跡

谷 博（たに ひろし）氏は、1953年6月20日、徳島県に生を受けた元プロ野球審判員です。35年という長きにわたり、主にセントラル・リーグのグラウンドで公正なジャッジを下し続け、数多くの歴史的な試合を見守ってきました。

徳島県立海南高等学校で野球部に所属し、後にプロゴルファーとなる尾崎健夫氏や元プロ野球選手の捕手である大石友好氏と同期でした。高校卒業後は京都産業大学へ進学。アマチュア野球での経験を買われ、1976年にセントラル・リーグ審判部へと入局します。この時、公募で合格した井野修氏とは同期入局でした。谷氏のプロ野球一軍公式戦での初出場は、入局から間もない1976年4月25日、甲子園球場で行われた阪神対大洋戦での左翼外審でした。1988年に審判員の袖番号制度が導入された際、関西審判部に所属していた谷氏は、その中で最も古参の審判員として「19」の番号を託されました。

審判員としてのキャリアの中で、谷氏は日本のプロ野球史に残る数々の重要な瞬間に立ち会っています。特に象徴的なのが、阪神タイガースの伝説的なバックスクリーン3連発が生まれた1985年4月17日の巨人対阪神戦（甲子園）です。この試合で谷氏は一塁塁審を務めていました。そして、その18年後となる2003年9月15日にヤクルトが阪神相手に放った、こちらも「平成の3連発」と呼ばれる本塁打攻勢の際には、二塁塁審としてグラウンドに立っています。二度にわたり「3連発」の現場に居合わせたことは、偶然とはいえ印象深いエピソードです。

重要なポストシーズンゲームにおいても、谷氏は中心的な役割を果たしました。オールスターゲームには通算4回出場（1988年、1992年、1999年、2005年）し、1999年の第1戦では球審を務めました。日本シリーズには通算10回出場（1992年、1995年、1997年～2001年、2003年、2005年、2008年）という豊富な経験を持ちます。中でも、日本シリーズの優勝決定戦となる第7戦で球審を2度（1992年、2008年）務めたことは、特筆すべき功績です。これはセ・リーグの審判員としては、伝説的な名審判である岡田功氏以来、史上2人目となる快挙であり、日本のプロ野球全体でも二出川延明氏、岡田功氏、杉永政信氏、そして谷氏の4人しか達成していない非常に希少な記録です。

審判部内の役職としては、2006年より副部長から「審判部部長待遇」へと昇進し、審判組織の要として貢献しました。現役生活の晩年においても精力的に活動を続け、2007年4月13日の阪神対横浜戦で通算2500試合出場を達成しました。2009年には55歳の定年を迎えましたが、副部長職と部長待遇を返上し、嘱託審判員として現役を続行。しかし、2010年9月12日、甲子園球場での阪神対ヤクルト戦で球審を務めたのを最後に、惜しまれつつ一軍審判としてのキャリアに終止符を打ちました。現役引退までの通算出場試合数は2754試合に上ります（内訳はセ・リーグ2614、交流戦83、日本シリーズ44、オールスター11、クライマックスシリーズ2）。

一軍審判を引退した後も、谷氏は野球界への貢献を続けました。2011年からは審判技術委員（関西地区）として、若手審判員の育成や技術指導に携わりました。2017年にプロ野球界から退職した後も、その経験を伝える活動を行っています。2023年2月には、同期の井野修氏と共に、独立リーグである四国アイランドリーグplusおよびベースボール・チャレンジ・リーグ共通の審判アドバイザーに就任することが発表され、再び未来を担う審判たちの育成に力を注いでいます。

谷氏には、プロ野球審判としては比較的小柄な体格という特徴もありました。本人は170cmと語っていましたが、実際はそれよりも低かったと言われています。本来、プロ野球審判には175cm以上の身長規定がありましたが、谷氏の場合はアマチュア時代の豊富な経験が評価され、スカウトに近い形で入局したため、この規定の適用対象外であったことが知られています。

特筆すべきエピソードとして、1991年6月5日に横浜スタジアムで行われた大洋対広島戦での「サヨナラインフィールドフライ事件」があります。この試合で球審を務めた谷氏は、複雑な状況下で発生したインフィールドフライに対する的確な判断と、それによるサヨナラゲームの成立を正しく判定し、連盟から表彰を受けました。また、2006年5月7日の広島対中日戦で責任審判兼二塁塁審を務めた際、マーティ・ブラウン広島監督が一塁ベースを投げ退場を宣告した件について、谷氏は後に「抗議はロマノ投手をかばう冷静なものだったが、ベースを投げる行為がなければ退場には至らなかった」と語り、その判断基準を明かしています。さらに、2009年には朝日放送のバラエティ番組「探偵!ナイトスクープ」に出演。将来谷氏のような審判を目指す少年を、実際の独立リーグの試合で球審として指導し、試合後には少年から「谷さんのサインが欲しい」と言われるなど、その審判としての存在感と人柄が垣間見えるエピソードも残されています。

通算2754試合の出場数を誇り、数々の歴史的な試合や重要な場面で公正なジャッジを下し続けた谷博氏。その確かな技術と野球への情熱は、引退後も形を変えて日本の野球界に貢献し続けています。

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