谷鼎

谷 鼎（たに かなえ）は、明治29年（1896年）9月16日に生まれ、昭和35年（1960年）7月15日に逝去した日本の歌人であり、優れた国文学者でもあります。大東文化大学の教授としても、多くの後進を育てました。

神奈川県小田原市で、父・谷鼎次郎と母・タツの長男として生を受けた谷は、四歳までの幼少期を小田原で過ごした後、中郡西秦野村（現在の秦野市）にある実家へと移り、少年期を過ごしました。谷家は地元の有力な大地主であり、父の鼎次郎は郡の代議士や白山神社の宮司を務めるなど、地域の名士として知られていました。

少年時代から文才に恵まれており、中郡西秦野村立尋常高等渋沢小学校在学中には、神奈川県下の作文コンクールで「父母の恩」という題の作品が入選を果たしています。学業でも優秀さを見せ、特に文筆の面で才能を発揮しました。神奈川師範学校（後の鎌倉師範）に進学した頃から短歌の創作を試み始めます。この師範学校には、後に詩人となる八木重吉が同級生として在学していました。

大正6年（1917年）には、さらに学問を深めるため東京高等師範学校へと進学しました。卒業後、新潟師範学校、続いて神奈川県師範学校で教鞭をとりますが、27歳の時に京都帝国大学への入学を決意し、再び学生となります。京都帝国大学在学中に、小田原の伯母のもとで暮らしていた田辺忠子と見合い結婚し、大正14年（1925年）には長女が誕生しています。

大学卒業後は、東京府立第五中学校（現在の小石川中等教育学校）の教壇に立ちながら、日本の古典文学、特に和歌の研究に情熱を注ぎました。『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』など、古代から中世にかけての和歌作品を深く探求しました。この頃から、窪田空穂が主宰する短歌誌「国民文学」の歌人としても注目されるようになり、歌壇での頭角を現します。

昭和6年（1931年）には、著名な歌人である斎藤茂吉と、藤原定家の詠んだ「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮」という歌の解釈を巡って、二年間に及ぶ論争を交わしました。この論争は当時の歌壇において大きな話題となり、谷鼎の学識と批評精神を示す出来事となりました。

昭和16年（1941年）、満を持して第一歌集『伏流』を刊行します。これにより、研究者としての側面だけでなく、歌人としても高い評価を得るに至り、論と作、両方の活動を通して歌壇において独自の確固たる地位を築きました。

昭和20年（1945年）、第二次世界大戦の空襲により東京の自宅が焼失したことを受け、故郷である秦野へと疎開しました。故郷の豊かな自然や風土に触れ、そこからインスピレーションを得て、数々の作品を詠み上げています。

戦後、昭和26年（1951年）には大東文化大学の教授に就任し、和歌研究の大家として精力的に活動しました。昭和30年（1955年）12月には、自ら短歌誌「近代詩歌」を創刊し、短歌作品を発表するだけでなく、古典研究や文芸評論を展開しました。また、誌上では会員からの歌作に関する質問に答える「作歌余録」の連載を行うなど、その活動は多岐にわたっています。昭和35年（1960年）7月15日、突然の交通事故により急逝しました。

晩年には、大東文化大学や秦野市立西中学校など、いくつかの学校の校歌の作詞も手掛けています。現在でも、谷鼎の功績は故郷である秦野市内に残されており、渋沢駅南口など市内四箇所に谷の歌碑が建立され、その歌と共に郷土の偉人として顕彰されています。渋沢駅南口の歌碑には、故郷の坂道を詠んだ「ひぐらしの一つのみ鳴くこゑ(え)を背に夕あかね照る道くだり行く」が刻まれています。

主な著書としては、以下のようなものが挙げられます。

定家歌集評釋（1930年）
藤原定家（1931年）
詳解新古今集選（1932年）
詳解萬葉集選（1932年）
古今和歌集（1941年）
伏流 : 歌集（1941年）
短歌鑑賞の論理（1943年）
古今和歌集評解（1949年）
新注徒然草（1952年）
青あらし : 歌集（1954年）
近代短歌の鑑賞と歌論（1954年）
冬日より : 歌集（1957年）
松籟 : 歌集（1963年）
水天 : 歌集（1978年）

谷鼎は、窪田空穂や斎藤茂吉といった当時の歌壇・文壇を代表する人物とも深く関わりました。その多岐にわたる活動は、日本の古典文学研究と近代短歌の発展に大きな足跡を残しています。

もう一度検索