八木重吉

八木重吉とは

八木重吉（やぎ じゅうきち、1898年 - 1927年）は、大正から昭和初期にかけて活動した日本の詩人、そして英語科教師でした。短い生涯ながら、キリスト教信仰に深く根ざした詩作に取り組み、その独特な表現は没後に高い評価を得ることになります。生前に刊行された詩集『秋の瞳』や、自身の編纂が没後に出版された『貧しき信徒』などを通じて、その清澄な言葉は現代にも響いています。

生涯

1898年、現在の東京都町田市にあたる、当時東京府南多摩郡堺村に位置する農家に生まれました。三人兄弟と二人の姉妹を持つ家庭の次男として育ち、比較的恵まれた環境で少年時代を過ごしました。地元の小学校を経て、神奈川県津久井郡の小学校高等科を卒業後、鎌倉にあった神奈川県師範学校予科に進学し、寄宿舎生活を送ります。ここで英語を得意科目とし、後にノーベル文学賞を受賞するラビンドラナート・タゴールの詩に触れて文学への関心を深めました。同時期、日曜日のバイブルクラスへの参加を通じてキリスト教に触れ始めています。

1917年に師範学校本科を卒業後、東京高等師範学校（現・筑波大学）の英語科予科へ進みます。東京に移り住み、寮生活を送る中で、浪漫主義の詩人北村透谷に傾倒したり、同級生との交流を通じてキリスト教への関心を深めていきました。特に吉田不二雄との交友は深く、彼の影響で小石川福音教会のバイブルクラスに通い、新約聖書を原語で読むほど熱心になります。1919年3月には洗礼を受けキリスト教に入信しましたが、特定の教会には属さず、無教会主義の立場を生涯貫きました。これは内村鑑三からの影響があったと指摘されています。この頃、スペインかぜに罹患し、肺炎を併発して長期入院を経験しました。回復後、高等師範学校へ戻り、池袋で下宿生活を始めました。

1921年、高等師範学校を卒業すると、兵庫県の御影師範学校（現・神戸大学）に英語科教諭として赴任し、神戸市東灘区にあたる地域に下宿します。ここで、後に妻となる島田とみと知り合い、文通を経て深い関係となります。恋愛結婚への反対に遭いつつも、師範学校の先輩であった内藤卯三郎の助けも借りて、1922年7月に結婚し、御影町で新婚生活を始めました。この時期は重吉の詩作が特に活発になった頃で、イギリスの詩人ジョン・キーツから強い影響を受けたと述べています。また、自作の詩を手製の小詩集にまとめ始め、後に最初の市販詩集となる『秋の瞳』の元となる自選集を作成し、母方の縁戚で作家の加藤武雄に託して出版を依頼しました。御影での生活中に長女・桃子と長男・陽二が誕生し、家族を持つ喜びを経験しました。この御影在住期間には、約1800編に及ぶ膨大な数の詩を創作したとされています。

1925年4月、病気の祖父への配慮などから、千葉県東葛飾郡の東葛飾中学校（現・千葉県立東葛飾高等学校）へ英語教員として転任し、柏の教職員住宅に転居しました。転任後の夏、加藤武雄の助力により、書籍として初の詩集『秋の瞳』が富士印刷所から刊行されました。この詩集は詩壇から好意的に評価され、新聞や雑誌への寄稿依頼も舞い込むようになります。佐藤惣之助主催の詩誌『詩之家』に参加するなど、詩人としての交流も始まり、詩人の草野心平らが自宅を訪れたこともありました。

しかし、1926年の年初から体調を崩し、結核の診断を受け療養生活に入ります。病状は次第に進行し、詩作は途絶え、病床でノートを綴る日々となります。同年5月には茅ヶ崎の南湖院で療養し、後に家族と共に茅ヶ崎に移り住んで自宅療養を続けました。病床にありながらも、柏時代の作品を中心に第2詩集『貧しき信徒』の編纂に力を注ぎました。1927年10月26日、病状が悪化し、茅ヶ崎の自宅でわずか29歳でその生涯を閉じました。郷里の生家近くに葬られ、墓碑にはキリスト教の十字架と仏教の戒名が共に刻まれています。

没後の影響と評価

重吉の死から4か月後、加藤武雄の自費出版により、遺された『貧しき信徒』が刊行されました。

妻のとみは、重吉との間に生まれた二人の子を懸命に育てますが、残念ながら二人とも若くして重吉と同じ結核により夭逝してしまいます。しかし、とみは重吉が遺した詩稿類を大切に保管し続けました。戦後、高村光太郎や草野心平らの尽力もあり、1942年に草稿を基にした『八木重吉詩集』が刊行されました。また、文芸評論家の小林秀雄が重吉の詩に触れたことをきっかけに、1948年に創元社から詩集が出版されたことで、重吉の名声は広く知られるようになります。この出版には、後に妻とみが再婚する歌人・吉野秀雄も尽力しており、吉野もまた重吉作品の普及に努めました。没後も、全集や詩集、遺稿集などが多数刊行され、その文学的価値が再認識されていきます。1984年には、重吉の故郷である町田市に八木重吉記念館が開設され、命日の10月26日は「茶の花忌」と呼ばれるようになりました。近年には師範学校時代の英文日記が発見され、刊行されるなど、新たな資料も公開されています。

重吉の詩は、その簡潔で清澄な表現、そして信仰に根ざした深い内省を特徴としています。多くの批評家や詩人たちから高く評価されており、例えば草野心平は「日本の基督に関する詩は八木重吉の詩をもって私は最高としたい」と述べ、斎藤正二は彼を「日本における最初にして最高のキリスト教詩人」と称えました。一方で、彼自身が編纂した詩集に必ずしも信仰を直接的に歌った詩が多く含まれていないことや、詩稿全体においては自然を詠んだ詩が圧倒的に多いことから、「宗教詩人」という一面だけでなく、「すぐれた自然詩人」としての側面も重要視されています。研究者からは、重吉が信仰と詩の価値を分けて考えており、発表詩においては信仰に強く関わる表現を抑えた可能性も指摘されています。

人物

重吉の詩には、時に詩作そのものを罪悪視するような葛藤が表れる一方で、詩がなければ空虚になってしまう世界を埋めるために詩を書き続けるという強い思いも吐露されています。自身の詩には「必ずひとつひとつ十字架を背負ふてゐる」という意識があったとされます。クリスチャンとして純粋な信仰を深める一方、妻とみは、重吉が教師という職業に違和感を覚え、自身の本来の仕事ではないと感じているようだったと回想しています。幼少期から内向的で孤独を感じやすい性質であったとされ、文筆家の梯久美子は、その孤独を詩人としての才能と同時に抱えた「宿痾」であったと評し、妻とみがその孤独に寄り添った唯一の存在であったと記しています。教師としては、御影師範学校時代の教え子から、憂いを秘めた善良な面影を持ちながらも、講義は明快で尊敬を集めていたと回想されています。

わずか29年という短い人生でしたが、八木重吉が残した清らかな言葉は、時代を超えて多くの人々の心に語りかけ続けています。

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