象皮病

象皮病（ぞうひびょう、Elephantiasis）とは、身体の一部、特に手足や陰嚢などが異常に腫れ上がり、皮膚が分厚く硬くなってゾウの皮膚のような外見を呈する病気です。この名称は、その特徴的な外見に由来しています。

この病気の主要な原因は、フィラリアという寄生虫の一種が引き起こすフィラリア症の、長期にわたる後遺症です。特に、人間のリンパ管やリンパ節に寄生するバンクロフト糸状虫などが関与します。フィラリアは線虫類に属し、かつて日本ではヒトに寄生する種類が広く分布し、深刻な感染症として恐れられていましたが、現代ではほぼ根絶されています。一方、犬に寄生するフィラリアは現在でも比較的よく知られていますが、これがヒトに感染しても通常は象皮病の原因とはなりません。

フィラリアのメスは、ミクロフィラリアと呼ばれる非常に小さな幼生を大量に産み出します。この幼生は末梢の血管に入り込み、吸血した蚊によって他の宿主へと運ばれます。ヒトのリンパ系に寄生するタイプのフィラリアの場合、成虫はリンパ管やリンパ節に住み着きます。成虫やミクロフィラリアの存在によって、リンパ管やリンパ節に繰り返し炎症が起こります。

この炎症が繰り返されることで、リンパ管は次第に損傷を受け、閉塞したり破れたりします。リンパ管には、体内の細胞の隙間にある余分な水分、つまり組織液を回収して血液に戻すという重要な働きがあります。リンパ管が破壊され、その機能が損なわれると、組織液が手足などの身体の末梢部分に滞留してしまい、重度のむくみ（浮腫）が生じます。この慢性的なむくみが皮膚や皮下組織に刺激を与え、その結果、結合組織が異常に増殖して硬くなり、象皮病という状態に至るのです。

したがって、象皮病はフィラリア感染そのものというよりは、フィラリアによってリンパ管が破壊されたことによる後遺症、すなわちリンパ機能障害による組織液滞留が直接の原因となります。このため、たとえ体内のフィラリアが死滅し、感染が終結した後であっても、象皮病の症状は進行する可能性があります。実際、重度の象皮病患者の体内からは、生きているフィラリアが検出されないことも少なくありません。

フィラリア感染以外でも象皮病が発生することがあります。例えば、乳がんなどの治療でリンパ節郭清（リンパ節を切除すること）が行われた場合など、手術によってリンパ管が広範囲にわたって損傷を受けると、同様にリンパ液の流れが悪くなり、象皮病に似た症状が現れることがあります。象皮病は、陰嚢、上腕、陰茎、外陰部、乳房などの部位に発症しやすい傾向があります。

かつて象皮病が日本で広く見られたことは、江戸時代の文化からも窺えます。例えば、葛飾北斎の描いた絵の中には象皮病の患者らしき人物が登場し、十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』には象皮病の症状に触れた歌が収められています。

幕末の動乱期を生きた薩摩藩の指導者、西郷隆盛も象皮病を患っていたことで知られています。特に晩年には、陰嚢が人の頭ほどの大きさにまで腫れ上がっていたと伝えられています。作家の藤田紘一郎氏の著書には、西南戦争で自害した西郷の遺体が、その特徴的な巨大な陰嚢によって本人であることが確認された、という逸話が記されています。

比較的新しい事例としては、2017年に話題となった、体重約500キログラムに達したエジプト人女性のケースがあります。彼女が極度の肥満となり、動けない状態に陥った原因の一つに、幼少期に象皮病を発症し、その病状が進行したことが挙げられています。

象皮病は、特にフィラリア症が流行している地域においては、リンパ機能障害という深刻な後遺症をもたらす疾患であり、その予防、治療、そしてリンパ浮腫に対する適切なケアが重要視されています。

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