貝澤耕一

貝澤 耕一

（かいざわ こういち）

1946年、北海道沙流郡平取町二風谷に生を受けた貝澤耕一氏は、アイヌ民族の伝統が色濃く残るこの地で育ち、その後の多岐にわたる活動の基盤を築きました。父は、かつて平取町の町議会議員を務めた故・貝澤正氏です。

地元の小中学校、高校で教育を受け、その後は酪農学園大学の短期大学部へと進みました。学業を終えた後、貝澤氏は父から譲り受けた二風谷の農地で農業に従事する道を選びます。自らが営むシケレペ農場を中心に、地域に根差した生活を送っています。

貝澤氏の公共的な活動は、アイヌ民族の権利擁護と文化の継承という二つの柱に支えられています。特に、二風谷地域を巡る二風谷ダムの建設計画に対しては、強い懸念を抱き、建設計画への反対運動に深く関わりました。この運動では、父の貝澤正氏や、アイヌ民族の権利回復運動を牽引した萱野茂氏らと共に、中心的な役割を担いました。ダム建設は、アイヌ民族が祖先から受け継いできた土地の利用権や、自然と一体となった伝統的な生活、そして独自の文化に深刻な影響を及ぼす可能性があったためです。

1992年3月2日に父である貝澤正氏が逝去した後、貝澤耕一氏は、二風谷ダム建設の差し止めを求める法廷闘争において原告を引き継ぎました。この訴訟は、アイヌ民族の土地に対する権利や、民族の文化を守る権利が近代法の下でどのように扱われるかという、日本の司法史においても極めて重要な意味を持つ裁判として広く注目を集めました。

そして1997年3月27日、札幌地方裁判所は判決を下しました。原告側が求めたダムの撤去という直接的な要求は認められませんでしたが、判決文の中で裁判所は、アイヌ民族の文化振興を目的とする特別法を制定する必要性について言及しました。さらに、この裁判にかかった膨大な費用を国と北海道収用委員会が負担するという異例の判断も示されました。この判決は、アイヌ民族がその土地と文化に対して持つ特別な関係性や権利の重要性を司法が一定程度認めた画期的なものであり、その後のアイヌ政策や民族の権利回復に向けた運動に大きな影響を与えることとなりました。

貝澤氏はまた、伝統文化の保存と次世代への継承にも熱心に取り組んでいます。平取アイヌ文化保存会の事務局長として、アイヌ民族の歌や踊り、儀礼といった無形の文化遺産、そして木彫や織物といった有形の伝統工芸品の保存・普及活動に尽力しています。

加えて、2001年11月には、NPO法人ナショナルトラスト チコロナイの設立において中心的な役割を果たし、理事長に就任しました。この団体は、地域の自然環境を保護し、植林活動などを通じて豊かな生態系を育むことを主な目的としています。この活動は、アイヌ民族が古来より大切にしてきた、自然界との共生という精神世界と深く結びついています。豊かな自然環境は、アイヌ文化が育まれる上で不可欠な基盤であり、その保全は文化の継承そのものに繋がる重要な取り組みなのである。

貝澤耕一氏の長いキャリアを通じた活動は、故郷である二風谷の自然と共同体を守り、アイヌ民族の尊厳と豊かな文化を未来へと繋ぐことに捧げられています。農業を通じた地域社会との関わり、ダム問題への法的アプローチ、伝統文化の保存・継承、そして環境保全活動は、互いに連携し、アイヌ民族の権利回復と文化復興のための多角的な貢献となっています。彼は、現代におけるアイヌ民族の権利擁護運動および文化復興運動における重要な人物として、広く認識されています。

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