負傷者後送

負傷者後送（CASEVAC）とは

負傷者後送（Casualty Evacuation, CASEVAC）とは、負傷者を医療機関へ搬送する活動を指します。この活動は、単なる搬送だけでなく、必要に応じて衛生兵などによる応急処置も含まれます。医療行為がより高度な場合は医療後送（MEDEVAC）として区別されますが、CASEVACにおいても、現場での初期対応は重要です。

CASEVACの歴史

CASEVACの歴史は、航空機による傷病者の輸送から始まりました。初期の事例としては、1870年代初頭の普仏戦争において、プロイセン軍が観測気球を用いて負傷者を後送したことが挙げられます。固定翼機による最初の患者空輸は、第一次世界大戦中の1915年にセルビアで行われ、フランス人パイロット、ルイ・ポーランがスロバキア人パイロットのミラン・シュテファーニクを救助しました。

1930年代には、回転翼機、すなわちヘリコプターによる傷病者の輸送が試みられるようになりました。アメリカ陸軍はオートジャイロを改造し、担架や座席を追加して試験を行いましたが、第二次世界大戦の開戦により実用化は見送られました。しかし、1942年にヘリコプターR-4が開発されると、救急機としての可能性に注目が集まり、その有用性が認められました。

実任務での初事例は、1944年4月、ビルマでの出来事でした。アメリカ陸軍のカーター・ハーマン少尉がヘリコプターYR-4Bを用いて、敵地内の秘密飛行場を経由し、アメリカ人パイロット1名と負傷したイギリス兵3名を救助しました。また、敵の攻撃下での患者後送としては、1945年のマニラでの作戦が最初です。この作戦では、5名のパイロットが75～80名の兵士をヘリコプターで搬送しました。

朝鮮戦争とインドシナ戦争での展開

朝鮮戦争では、ヘリコプターによるCASEVACが本格的に展開されました。1951年、アメリカ第8軍は3個のヘリ分遣隊を編成し、11機のOH-13を運用しました。終戦までに、このOH-13は約17,700名の傷病者を搬送しました。同時期のインドシナ戦争でも、フランス軍がヘリコプターによるCASEVACを行い、約5,000名を搬送しています。

ベトナム戦争でのCASEVAC

アメリカ合衆国が南ベトナムへの軍事介入を開始すると、再びヘリコプターによるCASEVACが重要な役割を担うようになりました。1962年4月には、チャールズ・ケリー少佐指揮下の第57医療分遣隊が南ベトナムに展開し、最新のHU-1A（後のUH-1A）を運用しました。その後、機材はHU-1Bに更新され、活動範囲の拡大に伴い、無線交信でのコールサイン「ダストオフ」が採用されました。この「ダストオフ」は、ヘリコプターによるCASEVACそのものの代名詞として広く知られるようになりました。

CASEVACの重要性

CASEVACは、戦場や災害現場において、負傷者の命を救う上で欠かせない活動です。迅速な後送は、負傷者の生存率を高めるだけでなく、その後の治療効果にも大きく影響します。歴史を振り返ると、CASEVACの進化は、航空技術の発展と密接に関わっており、その技術革新が人命救助に大きく貢献してきたと言えます。

参考資料:

石川潤一「航空医療輸送 : Aeromedical Evacuationの歴史と現状」『航空ファン』第69巻、第5号、文林堂、50-57頁、2020年5月。
高井三郎「ベトナム戦場の衛生ヘリ――ダスト・オフ」『軍事研究』第26巻、第7号、ジャパン・ミリタリー・レビュー、162-173頁、1992年9月。

もう一度検索