貧者十字軍

貧者十字軍（1309年）の詳細解説

貧者十字軍、別名「1309年の羊飼い十字軍」は、1309年の春から夏にかけて、イングランド、ブラバント、フランス、ラインラントといった地域の下層民が集まって起こした遠征です。教皇の公式な認可は得られませんでしたが、民衆は小規模な正規軍に合流し、聖地での十字軍運動を支援しようとしました。

背景：十字軍運動と教皇の思惑

1096年の民衆十字軍以降、民衆による十字軍運動は何度か見られました。1309年の貧者十字軍は、聖地の十字軍国家が滅亡した後では最初の事例です。1291年、イェルサレム王国の最後の拠点であったアッコがマムルーク朝によって陥落し、聖地奪還の機運は高まっていました。1308年、教皇クレメンス5世は十字軍結成を呼びかけ、1309年の春に十字軍を行うことを決定しました。この時計画された十字軍は、ヴェネツィア共和国への牽制、スペインのグラナダ王国への対抗、そして聖地奪還の3つでした。聖地への十字軍は、本来聖ヨハネ騎士団による小規模なものが想定されていました。

教皇は各地で説教を行い、資金と祈りを集めましたが、一般信徒が実際に遠征に参加することは想定していませんでした。しかし、熱心な説教師たちは民衆の十字軍熱を過剰に煽り立ててしまい、数万人に膨れ上がった群衆が教皇のいるアヴィニョンを目指す事態となりました。彼らは初期の十字軍を模倣し、衣服に十字の刺繍を施していました。しかし、皮肉なことに、彼らの参加は熱狂を煽った説教師自身によって拒否されることになりました。群衆の多くは聖ヨハネ騎士団への合流を目指しましたが、一部は独自にドナウ川を下り聖地を目指しました。

同時代の年代記には、貧者十字軍に対する敵意が込められた記述も見られます。ヘント年代記によれば、参加者の大部分は土地を持たない農民、農奴、都市の手工業者であり、わずかな裕福な市民や騎士も含まれていましたが、高位の貴族は参加していませんでした。群衆の多くは男性でしたが、女性の参加者もいました。年代記には、「イングランド、ピカルディ、フランドル、ブラバント、ドイツなどから数えきれない民衆が聖地征服のために出発した」と記されています。十字軍の主体はドイツ人であったと考えられています。

貧者十字軍の悲劇

貧者十字軍の参加者たちは、自らを「十字の兄弟団」と称し、騎士修道会のような存在であると考えていました。しかし、ヘント年代記は、この民衆運動には指導者が存在しなかったと指摘しています。彼らは貧困のため、アヴィニョンまでの旅費を托鉢や寄付に頼る一方、各地で略奪や強盗を繰り返しました。特にユダヤ人が標的にされ、ゲルデルン公国では、ボルン城に逃げ込んだ100人以上のユダヤ人が虐殺されるという痛ましい事件も発生しました。ルーヴェンやティーネンでもユダヤ人が脅迫され、ブラバントのジュナップ城に避難しました。貧者十字軍は城を包囲しましたが、ユダヤ人を保護していたブラバント公ジャン2世の軍によって撃退され、大きな損害を被りました。

このような混乱にもかかわらず、1309年7月には3、4万人もの「十字軍兵士」がアヴィニョンに集結しました。一部は、聖地への出発地として定められていたマルセイユに到達した可能性もあります。「兄弟団」はクレメンス5世に対し、小規模な十字軍を大規模なものに格上げし、自分たちに正当性を与え、聖地への道を開くよう要求しました。教皇は7月25日、「十字軍」に参加した、または資金援助したドイツ人に対して100年間の贖宥を与えましたが、船舶の不足から聖地への希望は叶いませんでした。聖ヨハネ騎士団は、自分たちの船に「兄弟団」を乗せることを拒否したため、貧者十字軍は行き場を失い、解散を余儀なくされました。

その後：ロドス島占領へ

1309年11月4日、クレメンス5世は聖ヨハネ騎士団による公式な十字軍の目的地が聖地ではないことを認めました。この十字軍は、聖地奪還ではなく、キプロス島の防衛とカトリックとイスラム圏の貿易禁止を目的としたものでした。1310年1月、十字軍はイタリアのブリンディジから出航する予定でしたが、悪天候のため延期されました。聖ヨハネ騎士団総長フルク・ド・ヴィラレが司令官となり、教皇特使ピエール・ド・プレンヌ＝シャサーニュが同行しました。艦隊は26隻のガレー船で構成され、2、300人の騎士と3000人の歩兵が乗り込んでいました。しかし、艦隊の目的地は聖地ではなく、ビザンツ帝国領のロドス島でした。1309年に始まり1310年にかけて、聖ヨハネ騎士団はロドス島を占領し、本部を移転。以降、この地を拠点として対イスラム闘争を繰り広げることになります。1308年から1309年の説教によって結成された十字軍の中で、実際に聖地へ向かったものはありませんでした。

貧者十字軍は、民衆の熱狂と無計画さが招いた悲劇であり、十字軍運動の負の側面を浮き彫りにする出来事でした。

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