贓物衣料切符事件

贓物衣料切符事件

この事件は、1949年（昭和24年）に日本の茨城県で起こった出来事に端を発します。終戦直後の混乱期にあたるこの時代は、主要な物資の配給制度が敷かれており、衣料品も例外ではなく、入手のためには衣料切符が必要でした。このような状況下で発生したのが、地方公務員による衣料切符の横領事件と、それに巻き込まれた無関係の人物が陥った冤罪という二つの側面を持つ「贓物衣料切符事件」として知られる出来事です。

事件の概要

事件の発端は、1949年6月、茨城県西茨城郡笠間町（現在の笠間市）にあった西茨城地方事務所の職員だったX氏（当時51歳）による犯行でした。彼は勤務先から、当時は非常に価値が高かった普通衣料切符用紙およそ1万2千枚を不正に持ち出し、多くの知人に分け与えたとして罪に問われました。後にX氏はこの横領行為に対して、裁判で懲役1年6か月の有罪判決を受けています。

この横領事件に関連して、まもなく茨城県岩瀬町（現在の桜川市）で食品会社を経営していたA氏（当時32歳）が、X氏から不正に入手されたとされる衣料切符約2千枚を受け取った、いわゆる贓物を受け取った罪で逮捕・起訴されることとなります。

冤罪の発生と裁判の経過

しかしA氏は、逮捕当初から一貫して衣料切符を受け取ったという容疑を強く否定し続けました。さらに、横領犯であるX氏自身も、裁判の場でA氏に衣料切符を譲り渡した事実はなかったと証言を一転させました。にもかかわらず、A氏の主張とX氏の証言は当時の裁判所に受け入れられませんでした。

1951年3月15日、一審の水戸地方裁判所はA氏に有罪判決を言い渡し、続く1952年12月26日の二審、東京高等裁判所も一審判決を支持し、A氏に贓物罪で懲役6か月、執行猶予3年の有罪判決を下しました。無実を訴え続けたA氏は、この判決を不服として最高裁判所へ上告しました。

そして、上告から約4年後の1956年9月14日、最高裁判所はA氏に対する原判決（二審判決）と一審判決の両方を破棄するという画期的な判断を下しました。最高裁は、改めて事実関係を厳格に審理し直すよう命じ、事件を水戸地方裁判所へ差し戻したのです。

差し戻し審理の結果、水戸地方裁判所はついにA氏に対して無罪判決を言い渡しました。これにより、約7年にも及ぶA氏の無実の訴えが認められ、冤罪が晴らされることとなりました。

事件後

事件後、無罪となったA氏は、自由民主党に所属する荒舩清十郎議員の秘書として政治の世界に身を置くことになります。自身の苦い経験があったからでしょうか、彼は所属政党の違いを超え、当時の別の著名な冤罪事件であった松川事件の被告人たちへの支援活動にも積極的に関わりました。

この事件の弁護は、著名な弁護士である正木ひろし氏が担当しました。氏はこの事件に関する著作も発表しています。

この事件は、日本の戦後混乱期における配給制度を背景に発生した横領事件が、いかに無関係な人物を巻き込み、司法によって一度は有罪とされながらも、最終的に無罪が証明された冤罪事件として、日本の裁判史において重要な事例の一つとされています。

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