赤い氷河期

赤い氷河期

松本清張の長編小説『赤い氷河期』は、近未来のヨーロッパを舞台に、エイズウイルス（HIV）を利用した細菌兵器の陰謀を描いています。本作は、1988年から1989年にかけて『週刊新潮』に連載され、1999年に新潮社から刊行されました。作品は、当時の社会状況や科学の進展が背景にあり、エイズ問題に対する鋭い考察がなされています。

あらすじ

物語は、ドイツのシュタルンベルク湖で発見された首のない死体から始まります。この怪死事件を受けて、ネオナチによる生贄刑、ヒトラーの隠された金塊を巡る暗闘など、多様な噂が立ちますが、その首が切断された理由は誰も知りません。

主人公である山上爾策は、スイスのチューリッヒでエイズの研究を行っている科学者です。彼は、不思議な男・福光福太郎と出会います。福光は自称「アイデア販売業」であり、神出鬼没な人物です。彼は、事件に対する疑問を持ち続け、バイエルン州とバーデン＝ヴュルテンベルク州の間を探索し、山上に重要な手がかりを提供します。次第に、エイズウイルスをめぐる暗い陰謀が浮上してくるのです。

主な登場人物

• - 山上爾策: 国際健康管理委員会（IHC）の調査局調査部調査課長で、東京大学の医学部を卒業したエイズ対策の専門家。彼は事件を解明するために奔走します。
• - 福光福太郎: アイデア販売を生業とする神秘的な男。時には「田代明路」の名前を名乗り、重要な洞察を提供します。
• - 川島亮子: チューリッヒにある日本料理店「日本橋」のマダムで、行方不明となった夫を持つ。
• - ユリア・オリヴァー: 食料品店のマダムで、エイズに感染した夫が入院中。彼女は情報の鍵を握る人物です。
• - エルンスト・ハンゲマン: IHCの調査局長。大学の元教授で、事件に絡む人物です。
• - クララ・ウォルフ: 古美術店を営んでいたが、行方不明になった女性。

執筆の背景

著者の松本清張は、1991年に本作の執筆動機を語っています。彼は当時の社会主義国が発表するエイズ患者数が信頼できないこと、世界保健機関（WHO）がその数字を盲信している現実を指摘しました。また、日本を舞台にしたかったものの、執筆時の社会状況を考慮してこの設定にしたとも述べています。作品では、エイズウイルスとインフルエンザウイルスの組み合わせによる新たな脅威が描かれていますが、これは当時進行中の実験的研究に着想を得たものです。

編集者との会話の中で、エイズがテーマとなった『Newsweek』の記事からインスピレーションを受け、物語が構築されることになりました。この小説は、エイズ感染がもたらした影響や恐怖を描写しながら、ミステリーとしての魅力も兼ね備えています。

関連事項

本作には以下の重要な関連項目があります:

• - 薬害エイズ事件: 非加熱製剤の使用によるエイズ感染が問題視された事件で、物語の前半にも言及されます。
• - バーミンガム事件: 1978年、実験用の天然痘ウイルスに感染した女性の死亡事件。山上が事件を想起します。
• - レジオネラ菌: 1976年にアメリカで発生した急性肺炎事件にちなんで名付けられた細菌です。

本作には歴史的な人物や事件も暗示されており、松本清張の深い洞察力が光っています。特に、ルートヴィヒ2世やエドガー・アラン・ポーの作品などが、ストーリーの中で重要な役割を果たしています。こうした要素が織り交ぜられた複雑な物語は、読者に強い緊張感と興味をもたらします。

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