赤阪音七

赤阪 音七

赤阪 音七（あかさか おとしち、1881年～1953年8月17日）は、日本の工業史において重要な足跡を残した舶用エンジンの開発者であり、株式会社赤阪鐵工所の創業者です。現在の兵庫県洲本市にあたる、かつての淡路島洲本町に生まれ、72歳でその生涯を閉じました。特に日本の漁船の動力化に貢献し、船舶用ディーゼル機関の技術開発と普及に情熱を注ぎました。

技術習得と黎明期

1881年6月、沢道蔵の四男として淡路島に生まれた音七は、早くから技術の世界に入ります。1897年4月には地元の鉄砲鍛冶、石川重忠のもとで徒弟となり、ものづくりの基礎を学びました。その後、1900年5月に大阪鉄工所に入所。同年11月には神戸市の山陽鉄道鷹取工場に移り、ここで初めて焼玉発動機の修理に携わったことが、内燃機関への関心を高めるきっかけとなりました。さらに1904年6月からは舞鶴海運工廠造兵部で経験を積み、多様な機械技術に触れました。1907年7月には今井ゑいと結婚しています。

焼津での創業と焼玉発動機

1907年11月、池貝鉄工に入社し、発動機部に配属されます。ここで本格的に舶用エンジンの開発・製造に関わるようになり、1908年6月には静岡県下田町にて、池貝鉄工所が製作した舶用12馬力スタンダード石油発動機（注水式焼玉発動機）の第一号機据付という重要な任務を担いました。この経験が、後の拠点となる静岡県焼津との縁を深めることになります。

1909年8月、池貝鉄工所から焼津町へ発動機据付の指導のため派遣された音七は、現地の漁業がまだ人力に大きく依存している現状を知り、動力機関の必要性を痛感します。焼津生産組合の支援を受け、1910年5月、焼津町城之腰に自身の名を冠した個人経営の赤阪鐵工所を設立しました。日本の漁船の動力化を目指し、彼は焼玉発動機の改良に取り組みます。

長年の研究開発の末、1925年7月には画期的な無注水式焼玉発動機の製作に成功します。これは従来の課題を克服した信頼性の高い機関であり、漁業者からの評価を不動のものとしました。事業拡大に伴い、1926年8月には焼津町焼津に新工場を建設し、最大180馬力という大型無注水式焼玉発動機の量産体制を確立しました。

ディーゼル機関への転換と拡大

技術の進化を常に追求していた音七は、ディーゼル機関にも着目します。1932年11月、初の4サイクルディーゼル単気筒陸用機関を完成させ、この分野への参入を果たしました。翌1933年8月には、焼津生産組合所属の漁船「春日丸」に170馬力のディーゼル機関を搭載し、実海域での良好な成績を収めました。

さらに実用的なデータを収集するため、1934年8月には赤阪式ディーゼル機関（225馬力）を搭載した海洋少年団練習船「義勇和爾丸」の南洋周航に社員を同行させ、詳細な運転データを取得しました。このデータを元にした改良により、赤阪式ディーゼル機関の性能は飛躍的に向上しました。

同年12月、事業の更なる発展を見据え、赤阪鐵工所を株式会社に組織変更し、音七は社長に就任しました。この頃から海外からの引き合いも増え、1935年1月には旧ソ連通商代表部と契約し、船舶用及び陸用ディーゼル機関170台の製造という大型案件を受注。フル操業を経て1938年3月にはこれを期日内に完納し、その技術力と生産能力を世界に示しました。1939年3月にはフィリピンでの展示会に出品したことを機に、アジア・南洋諸国への輸出量が激増。この需要に応えるため、第二工場を増設するなど積極的な事業展開を行いました。同年11月には、大型の直接逆転式550馬力ディーゼル機関を完成させるなど、技術開発も弛みなく続けました。

地域への貢献と戦時下の生産

事業家として成功を収める傍ら、音七は地域社会への貢献にも力を注ぎました。1937年2月と1941年2月には焼津町議会議員に当選し、特に焼津港の築港事業に尽力しました。また、1941年4月には焼津町第4区長を務め、1944年3月には焼津女子高等学校の理事に就任するなど、地域のインフラ整備や教育振興にも寄与しました。

太平洋戦争が勃発すると、赤阪鐵工所は海軍営理工場および軍需工場の指定を受け、軍用艦艇向けの様々な出力のディーゼル機関製造にあたりました。戦時下の厳しい状況においても、日本の造船能力を機関の面から支える役割を果たしました。

戦後復興と技術革新

1945年8月の終戦に伴い、工場は一時閉鎖されますが、同年11月には速やかに民需用機関製造へと切り替えて操業を再開しました。戦後も音七の開発意欲は衰えず、新しい高性能ディーゼル機関を次々と開発・完成させました。1947年12月にはFS6型（330馬力）、1950年7月にはTS6型（430馬力）、1951年1月にはRE7G型（600馬力）、同年10月にはTZ型（550馬力）、そして1952年12月にはYM式（650馬力）など、戦後の漁業・海運復興を支える原動力となる機関を生み出しました。事業の発展に伴い、資本金も順調に増資を重ねました。

人柄と遺産

赤阪音七は、仕事に対して非常に誠実な姿勢を貫きました。「決して、船主や乗組員に迷惑をかけるような機械をつくってはならない。」という言葉を常に口にし、品質と信頼性を第一に考えていました。その豪快な人柄と、何よりも確かな技術力は、焼津の多くの漁師から厚い信頼を得る大きな要因となりました。晩年には趣味の弓道で五段の段位を得るなど、多趣味な一面も持ち合わせていました。

1953年8月17日、赤阪音七は自宅で静かに息を引き取りました。享年72歳でした。彼が亡くなった直後の同年10月には、開発を進めていたUZ6型（850馬力）が完成しています。音七の生涯は、日本の漁船が動力化され、内燃機関、特にディーゼル機関が普及していく歴史と重なります。彼の技術に対する情熱と、使用者への誠実な姿勢は、現代に続く赤阪鐵工所の企業文化の礎となり、日本の産業界に確かな足跡を残しました。

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