軍防令

軍防令（ぐんぼうりょう）は、古代の律令体系において、主に軍事に関わる制度を定めた法典の篇目の一つを指します。この規定は中国を起源とし、特に唐代の律令における軍防令がその典拠となりました。日本においても、これを継受する形で大宝令、そしてそれに続く養老令の中に組み込まれました。軍防令には、部隊の編成、兵士の管理・統率、装備の調達、兵士の徴発手順、さらには辺境警備に至るまで、多岐にわたる軍事関連の条文が集約されています。

中国における軍防令は、隋の開皇令に初めて見出されるとされています。日本においては、701年に制定された大宝令において既に設けられていたと考えられていますが、残念ながらその詳細な内容は現存していません。現在、日本で確認できる具体的な軍防令の姿は、757年に施行された養老令に見ることができます。養老令は全30篇から構成されており、その第17篇目として軍防令が収められています。養老令の軍防令は、全76条にわたる比較的詳細な規定を含んでいました。

養老令軍防令には、日本の律令制下の軍事体制を維持するための様々な規定が盛り込まれていました。例えば、全国各地に設置された軍団の編制や指揮系統、兵士一人ひとりの統率・管理方法、兵士が携行するべき装備の種類、そして装備品の自己負担制度（自弁の制）などが定められています。また、都を警備する衛士（えじ）や、辺境を防備する防人（さきもり）といった特定の任務に就く兵士に関する規定も含まれていました。兵士を徴発する際の手順や、大将が戦地へ赴く際の手続き、さらに臨時の軍事組織である征討使（せいとうし）の編制方法も定められています。加えて、兵士や官人の勤務に関する規則（服務規程）、武功に対する評価や褒賞制度（勳功の制）なども規定されています。

軍防令はまた、地方から都へ送られる兵衛（ひょうえ）や采女（うねめ）の徴発に関すること、武器・弾薬の管理方法、さらには内舎人（うどねり）、大舎人（おおとねり）、兵衛、使部（しぶ）、帳内（ちょうない）、資人（しじん）といった様々な舎人（とねり）と呼ばれる職に就く者の任用規定、そして雑役に就く者への給付（事力）についても定めていました。さらに、辺境に設けられた城塞の管理体制、主要な関所における警備体制、そして外敵の襲来を知らせるための狼煙（のろし）制度（烽の制）といった、国土防衛や警備に関する規定も含まれていました。

具体的な条文の例としては、「軍団大毅条」があります。これは軍団における兵士の統率体制を定めたもので、部隊の指揮官の役割と指揮下の人数が明確に規定されていました。例えば、大毅（だいき）は1000人、その副官である少毅（しょうき）はこれに準じ、校尉（こうい）は200人、旅帥（りょすい）は100人、隊正（たいせい）は50人の兵士を率いることとされていました。また、「兵士簡点条」は、兵士の徴発に関する規定です。ここでは、徴発された兵士は原則として出身地（本貫）近くの軍団に配属されることとし、出身地から遠く離れた場所、特に国外への配属（隔越）は禁じられていました。徴発の基準については、同じ戸籍に含まれる成人男子（正丁）3人ごとに1人の兵士を出すという原則が定められていましたが、これには1つの戸籍から必ず1人の兵士を出すという解釈や、徴発のために人為的に戸籍の構成を調整したとする説など、複数の解釈が存在します。

さらに、「兵士上番条」は、都の衛士や辺境の防人といった特定任務に就く兵士の供給源と任期を定めていました。これらの兵士は、各地の軍団兵士から供給されるものとされ、都へ派遣される衛士の任期は1年間、辺境へ派遣される防人の任期は3年間と定められていました。特に、任地へ移動するために要した日数は、この規定された任期には含まれないと明記されていました。このように、律令体制下の軍事制度は、主に一般の農民から徴発された兵士による軍団を基盤としていました。兵士の徴発は戸籍単位で行われ、隊正が統括する50人の兵士は、おおよそ古代の行政単位である里（り）の規模に対応すると考えられています。また、軍団の主要な幹部である大毅以外の官人は、多くが現地で採用されており、在地社会との結びつきが強い構造を持っていました。

なお、奈良の唐招提寺から発見された、養老令の注釈書の一部と考えられる「令私記断簡」には、養老軍防令の条文と比較して、字句に異なる箇所があることが指摘されており、当時の法解釈や運用の多様性を示唆しています。

総じて、軍防令は古代日本の軍事制度を詳細かつ体系的に規定した、律令の中でも特に重要な篇目であり、当時の国家における防衛体制や兵士管理の実態を知る上で不可欠な法典と言えます。

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