近衛八郎

近衛八郎

昭和期に音楽家として二つの異なる顔を持ち、日本の大衆音楽に大きな足跡を残した人物、それが近衛八郎（本名：釜田俊雄）である。彼は歌手として時代の空気に応える歌を歌い、後に作曲家としてはペンネーム「鎌多俊与」のもと、戦後歌謡曲の黄金期を支える数々のヒット曲を生み出した。彼の多才なキャリアは、昭和という激動の時代の音楽文化の変遷を映し出している。

生涯と音楽への道

1913年（大正2年）11月16日、新潟県佐渡市に生まれた釜田俊雄は、後に近衛八郎として、そして鎌多俊与として音楽界に名を刻むことになる。音楽の道を志した彼は、専門的な教育を受けるため武蔵野音楽学校に進学し、その基礎をしっかりと築いた。

歌手としての活躍期

1936年（昭和11年）、釜田俊雄は「近衛八郎」の芸名でキングレコードから歌手としてデビューを飾る。この時期の日本は、次第に軍事色が強まり、大衆音楽にもその影響が色濃く反映されていた。近衛八郎が歌った楽曲の中には、「ああ我が戦友」や「男なら」といった軍歌があり、これらは当時の社会情勢の中で多くの人々に歌われ、ヒットとなった。力強く張りのある歌声で、時代の要請に応える楽曲を歌唱し、一躍人気歌手の仲間入りを果たしたのである。また、私生活では、同時期にキングレコードに所属し、「ミッキー松山」の名で活躍した歌手、松山映子（1912年‐2006年）と結婚している。彼女もまた、戦前から日本の音楽シーンで活動した人物であった。

戦後、作曲家への転身

第二次世界大戦が終結し、時代が大きく変わると、近衛八郎の活動もまた転換期を迎える。彼は歌手としての表舞台から、楽曲を生み出す作曲へと活動の主軸を移した。この新たなスタートに際し、本名の釜田俊雄をアレンジした「鎌多俊与」というペンネームを使い始める。作曲家・鎌多俊与として、彼は多くの名歌手たちに楽曲を提供し、戦後歌謡曲の隆盛に貢献していくことになる。

歌謡史を彩るヒットメーカー

作曲家・鎌多俊与としての活動は、彼の音楽家としての才能をより一層開花させた。特に大きな成功を収めたのは、1956年（昭和31年）に三橋美智也が歌唱した「哀愁列車」である。この楽曲は、当時の大衆の心に深く響き渡り、爆発的なヒットを記録した。三橋美智也の代表曲となっただけでなく、その後の日本の歌謡界、とりわけ演歌というジャンルの方向性を決定づける一曲とも評されている。鎌多俊与は「哀愁列車」以外にも、数多くのヒット曲を生み出した。若原一郎の叙情的な歌声に寄り添った「風の吹きよで」、春日八郎の得意とする股旅演歌の世界を描いた「玄海船乗り」、そして人々の日常を描き出す「居酒屋」、さらには再び三橋美智也のために、炭鉱で働く人々の心情を歌った「俺ら炭鉱夫」など、彼の作曲した楽曲は多岐にわたるジャンルに及び、当時のトップ歌手たちによって歌い継がれた。これらの作品は、いずれも人々の感情に訴えかける美しいメロディと、情景豊かな歌詞が特徴であり、昭和歌謡の豊かな土壌を形成する上で欠かせない存在となった。

音楽家としての遺産

近衛八郎こと釜田俊雄は、戦前は歌手として時代の歌を歌い、戦後は鎌多俊与として作曲家として歌謡界の隆盛を支えた。歌手としてのキャリアと作曲家としてのキャリア、それぞれ異なる名義で成功を収めた彼の道のりは、日本の音楽史において特異な存在感を示している。1995年（平成7年）に81歳でその生涯を閉じるまで、多角的な才能で日本の大衆音楽文化に貢献し続けた音楽家であった。

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