迫石

迫石（せりいし）

概要と基本的な役割

迫石（せりいし、英: voussoir）とは、アーチやヴォールトといった構造を組み上げる際に用いられる、主に石造りの楔形をした部材の総称です。石材だけでなく、レンガなどが用いられることもあります。その最大の特徴は、荷重を受け止めて構造全体に分散させるのに適した楔形をしている点にあります。アーチやヴォールトは、この一つ一つの迫石が互いにしっかりと組み合わさり、押し合う力によって安定した構造体を形成しています。

各部の名称

アーチやヴォールトを構成する個々の石材は、どれも広義には迫石に含まれます。しかし、構造上の役割や位置によって、特に重要な部分には固有の名称が与えられています。

キーストーン（要石）
アーチやヴォールトの最も高い位置、すなわち頂上部に配置される迫石はキーストーン（要石）と呼ばれます。この石材はアーチ構造の要であり、左右から迫り上がってきた迫石を中央で固め、アーチ全体を安定させる最終的な役割を担います。構造的な重要性に加え、意匠上の役割も大きく、しばしば他の迫石とは異なる装飾が施されたり、意図的にサイズを大きく造られたりすることがあります。歴史的には、例えば16世紀のマニエリスム建築において、キーストーンが構造面からわずかに突き出したデザインが採用されるなど、時代ごとの特徴が見られます。

迫受石（せりうけいし）
アーチが壁や橋脚といった支持構造から立ち上がり始める最も低い位置に置かれる迫石は、迫受石（せりうけいし）と呼ばれます。アーチ構造からの荷重を受け止め、それを下部の支持体へと伝える起点となる重要な部材です。

構造的な機能

迫石の最も根幹的な機能は、上部からかかる垂直方向の荷重を、構造体全体に分散させながら、最終的に両側の支持構造へと伝えることにあります。この働きは、迫石が持つ独特の楔形と、石材が引張力には弱いが圧縮力には強いという性質を巧妙に利用することで可能になります。各迫石が互いに密着し、押し合う力を通じて荷重を伝達するため、アーチ構造は部材に大きな引張応力を発生させることなく、重い荷重を安全に支えることができます。アーチ橋などがその代表例であり、迫石のメカニズムによって、橋桁なしに広大な空間を跨ぐことが実現されています。上からの重量は、楔形の形状により徐々に方向を変えられ、左右の支持部へと効率的に伝達されます。

関連用語

迫石によって構成されるアーチの外側、すなわち構造の上側の湾曲した面は「迫持外面（エクストラドス、extrados）」と呼ばれます。

語源

迫石を指す英名「voussoir」は、中英語の職人言葉に由来するとされています。この言葉は、さらに遡るとフランス語の動詞で「方向転換する」「回転する」といった意味を持つ言葉に関連していると考えられています（オックスフォード英語辞典参照）。これは、迫石が上部からの荷重の方向を変換し、構造全体に分散させるという、その本質的な機能を示唆する名称と言えるでしょう。

歴史的な事例

迫石を用いたアーチ構造は、古代ローマ時代から世界各地で広く用いられ、建築技術の基礎の一つとなっています。地域や時代によって、迫石の形状や意匠には様々な工夫が凝らされてきました。例えば、イスラム建築においては、構造部材である迫石そのものを装飾の一部として積極的に活用する例がよく見られます。特に、赤色と白色の迫石を交互に配列するデザインは、この地域の歴史的な建築物でしばしば採用される特徴的な意匠であり、視覚的にも強い印象を与えます。

迫石は、単に構造を支える部材というだけでなく、建築技術の歴史とともに発展し、美的な表現手段としても用いられてきた、非常に重要な要素と言えます。

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