逆転クオリア

逆転クオリアとは何か

逆転クオリア（Inverted qualia）は、心の哲学における重要な思考実験の一つです。これは、同じ物理的な刺激を受けているにもかかわらず、人によって全く異なる質的な経験（クオリア）をしている可能性がある、という問題を提起します。特に、「逆転スペクトル」という言葉で、色覚における赤と緑の反転が代表的な例として知られています。

概要：見ている色は本当に同じ？

この思考実験は、私たちが日常的に経験する感覚、例えば「赤いトマトを見たときに感じる赤色」が、他の人にとっても同じように感じられているのか、という疑問を投げかけます。もしかしたら、他の人は全く違う質感や色として経験しているかもしれないのです。

歴史：ロックから現代へ

逆転クオリアの議論は、17世紀の哲学者ジョン・ロックの『人間知性論』にまで遡ります。ロックは、物体の物理的な性質（一次性質）をどれだけ詳しく調べても、そこから色や味、音といった感覚的な性質（二次性質）についての知識は得られないと論じました。現代哲学においては、シドニー・シューメーカーやネド・ブロックといった哲学者によって、この問題がさらに深く掘り下げられています。

逆転クオリアへの応答

この思考実験に対しては、様々な応答が存在します。

分からないから無意味？

最も一般的な反応は、「そのようなことは知りようがないから、議論しても意味がない」というものです。仮にクオリアが反転していたとしても、それを客観的に証明する手段はなく、行動や言語から区別することもできません。

特定の質感だけを反転させるのは困難？

別の反応として、質感は単独で存在するのではなく、他の質感との関係性の中で相対的に位置づけられるため、特定の質感だけを反転させることは難しい、というものがあります。例えば、色覚の反転を考えると、色相だけを反転させると彩度や明度の関係が崩れ、行動や機能に違いが現れる可能性があります。

派生議論：クオリア欠如と哲学的ゾンビ

逆転クオリアの議論から派生して、クオリアが欠如している可能性や、クオリアが完全に欠落した存在である「哲学的ゾンビ」といった概念も議論されています。これらの議論は、意識や経験の本質について深く考察する上で重要な役割を果たしています。

逆転クオリアの思考実験は、私たちが当たり前だと思っている経験が、実は非常に個人的で主観的なものである可能性を示唆しています。それは、意識や知覚、そして人間としての存在そのものについて、深く考えさせられる魅力的なテーマです。

参考文献

村田純一 『「わたし」を探険する』 双書 哲学塾 岩波書店 (2007年) ISBN 978-4000281546 pp.107-150 「色彩をめぐる諸問題‐わたしの見ている色はあなたと同じだろうか？」
塚原典央「反転スペクトルのパラドックス」『福井県立大学論集』第30巻、福井県立大学、2008年、21-31頁
太田紘史、山口尚「<書評>反機能主義者であるとはどのようなことか」『Contemporary and Applied Philosophy』第2巻、応用哲学会、2009年7月、1001-1017頁

関連項目

クオリア
* 哲学的ゾンビ

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