遥拝勤行

遥拝勤行（ようはいごんぎょう）

遥拝勤行とは、宗教団体である冨士大石寺顕正会（以下、顕正会）において、主にその会員によって実践されている独特な勤行形式を指します。日蓮大聖人の仏法を信奉する顕正会は、宗門である日蓮正宗から離脱した経緯を持つため、一般会員は日蓮正宗総本山である大石寺から授与される御本尊を所有していません。そのため、遥拝勤行は、直接の御本尊に向かうのではなく、遠隔地から総本山大石寺に安置されている「本門戒壇の大御本尊」を仰ぎ拝む形で行われます。

実践方法とその特徴

遥拝勤行は、一日に二回、具体的には朝と夕に行われます。この勤行では、法華経の中から「方便品第二」と「如来寿量品第十六」を読誦し、続いて日蓮大聖人の教えの根本である題目を唱える（唱題）ことが柱となります。これは日蓮正宗系教団における一般的な勤行内容の一部を踏襲しています。

しかし、顕正会の遥拝勤行の最大の特徴は、会員が個別に御本尊を所有しない点にあります。日蓮正宗から分かれた他の教団、例えば創価学会や正信会では、信徒は各自に下付された曼荼羅の御本尊に向かって勤行を行います。これに対し顕正会では、大石寺にある本門戒壇の大御本尊そのものを、文字通り遥か彼方から拝むという実践形態をとっています。会員は、自宅などから大石寺の総本山がある方向に向かって勤行を行います。

顕正会の会館などには、かつて日蓮正宗に属していた頃に下付された古い御本尊や、破門後に作成されたその写本が安置されている場合もありますが、創価学会や正信会のように全会員へ御本尊が授与されているわけではありません。顕正会の指導者である浅井昭衛氏は、機関紙『顕正新聞』などを通じて、たとえ会館に御本尊があっても、日本中のどこからでも大石寺の方向を向いて勤行するよう会員を指導しました。

この「遥拝」という形式は、第二次世界大戦前の国家神道において、東京の皇居（宮城）に向かって敬礼を行った「宮城遥拝」に類するものとして捉えられています。大石寺を皇居に置き換えることで、遥拝勤行の実践が正当化されるという見方が示されています。

歴史的背景

遥拝勤行が顕正会で確立された背景には、顕正会の前身である妙信講と日蓮正宗宗門、そして創価学会との複雑な関係と対立の歴史があります。その起源は、顕正会がまだ妙信講と称していた1960年代に遡ります。

当時の妙信講は、日蓮正宗内最大の信徒団体であった創価学会と宗門（第66世法主・細井日達）が連携し、日蓮大聖人の遺言とされる広宣流布の達成の暁における国立戒壇建立という道筋を放棄しようとしている、と強く批判しました。この対立は激化し、1964年（昭和39年）、妙信講は日達法主から総本山大石寺への参詣、いわゆる「登山」を一時的に禁止される処分を受けました。この処分は後に解除されましたが、対立は解消されませんでした。

1972年（昭和47年）には、宗門から「国立戒壇」という言葉を公の場で使用しないよう指示が出され、これに妙信講は猛烈に反発します。そして1974年（昭和49年）には、抗議活動がエスカレートし、一部会員が創価学会本部に突入するという事件が発生しました。この事件を契機に、妙信講は宗門から講中解散処分を受け、これが現在の顕正会が日蓮正宗から破門されている状態へと繋がります。

講中解散処分によって、顕正会の会員は現在まで大石寺への登山が全面的に禁止され、同時に宗門からの御本尊授与も停止されました。このような状況下で、前述のように顕正会の指導者である浅井昭衛氏は、会員に対し、どこからでも大石寺の方向に向かって勤行を行うよう指導するに至ったのです。

さらに、浅井氏は日蓮正宗の伝統的な勤行形式である「五座三座」と呼ばれる形式を一方的に短縮しました。日蓮正宗系教団では通常、朝に五座、夕に三座の勤行を行いますが、顕正会ではこれを大きく簡略化し、方便品と寿量品をそれぞれ一回だけ読誦するという新たな形式を導入しました。この形式変更は、同時期に創価学会が同様の勤行短縮を行いましたが、顕正会の方がわずかに先行していたとされています。

このように、遥拝勤行は単なる勤行方法であるだけでなく、顕正会が日蓮正宗と袂を分かち、独自の道を歩むことになった歴史的な経緯と、そこから生まれた特別な事情に深く根差した実践形式と言えるでしょう。御本尊授与の停止と大石寺登山禁止という物理的な制約の中で、信仰実践を維持するために確立された方法であり、顕正会の教義的立場と組織の歴史を象徴する要素となっています。

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