邪教の神

邪教の神：日本クトゥルフ神話史上の金字塔

高木彬光による短編推理小説『邪教の神』（1956年発表）は、名探偵神津恭介シリーズの一編でありながら、日本におけるクトゥルフ神話の最初の作品として特筆すべき存在です。1956年当時、日本ではまだH・P・ラヴクラフトの名前も、クトゥルフ神話もほとんど知られていませんでした。そのため、この作品がどのようにして誕生したのか、その経緯は謎に包まれています。推理小説作家・江戸川乱歩からの影響を指摘する説もあるようです。

『小説公園』1956年2月号と3月号に掲載された本作は、長らく日の目を見ることはありませんでしたが、1994年、日本の作家陣による最初のクトゥルフ神話作品集『クトゥルー怪異録』に収録されたことで、改めて注目を集めることになります。同作品集では、『邪教の神』が日本のクトゥルフ神話史における記念碑的な作品として高く評価されています。その本格的で独創的なクトゥルフ神話の解釈は、後の日本のクトゥルフ神話ブームの礎を築いたと言えるでしょう。

東雅夫氏は、本作について「記念すべき日本最初のクトゥルー神話作品は、驚くなかれ探偵・神津恭介物のミステリーだった！？」と述べ、呪物ホラーめいた展開から謎解き推理へ、そして再び超自然的な雰囲気へと変化する構成の妙を評しています。「チュールー」と独自アレンジされたクトゥルフ神は、物語に独特の異様さを与えています。

謎めいた殺人事件と神津恭介の推理

物語は、酒に酔った村上清彦が古道具屋で奇妙な木像を入手するところから始まります。その木像は、友人の犬山直樹の紹介で訪れた前田譲治によって「チュールー神」であると断定され、買い取りを申し出られますが、清彦はそれを拒否します。前田は呪いの言葉を吐き捨て去って行きます。翌日、清彦は殺害された状態で発見され、木像は消えていました。

警察の捜査が始まり、倉持警部は事件の真相解明に追われます。容疑者として、清彦の妻である村上滋子、美術研究家の犬山、第一発見者である商事の課長飯島敏男、そして「チュールー神」を崇拝する奇人前田譲治などが浮上します。前田は、自らが「神の力」で清彦を殺害したと主張する一方、消えた木像の行方を知らず困惑します。

その後、商事の社長金原雄策も殺害され、現場から邪神像が発見されます。神津恭介は、事件の真相を解き明かしていく中で、登場人物たちの思惑や、邪神像の持つ魔力、そして「チュールー神」信仰の恐ろしさに迫ります。緻密な推理と、怪奇現象を巧みに織り交ぜたストーリーは、読者を最後まで引き込みます。

登場人物

神津恭介: 東京大学の法医学助教授にして名探偵。博識でチュールー神についても知識を持っている。
倉持警部: 東京警視庁の警部。事件の捜査を担当する。
村上清彦: 被害者。古物収集家。
村上滋子: 清彦の妻。
犬山直樹: 美術研究家。清彦の友人。
飯島敏男: 商事の課長。第一発見者。
前田譲治: 米国生まれの奇人。「チュールー神」を狂信している。
金原雄策: 商事の社長。古物収集家。
金原鎮枝: 雄策の妻。
チュールー: シンガポールの秘密神殿で祀られていたとされる邪神像。

収録情報

『邪教の神』は、複数のアンソロジーや神津恭介シリーズの単行本に収録されています。その中には、『クトゥルー怪異録』のようなクトゥルフ神話専門のアンソロジーも含まれ、本作の特別な位置付けを示しています。

この作品は、ミステリーとホラーの融合、そして独自の解釈によるクトゥルフ神話の導入という点で、日本におけるクトゥルフ神話文学に大きな影響を与えたと言えるでしょう。神津恭介の知性と推理、そして邪神像が織りなす怪奇な事件は、今もなお多くの読者を魅了し続けています。

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