都市墓場説

都市墓場説（都市蟻地獄説）とは

都市墓場説、あるいは都市蟻地獄説は、歴史人口学における仮説の一つです。これは、都市部における高い死亡率を、周辺地域からの人口流入によって補填するという考え方を指します。都市は人口を維持するために、あたかも墓場や蟻地獄のように周辺の農村部から人口を吸い上げている、というイメージから名付けられました。

学説の歴史

この説は、17世紀のジョン・グラントによって初めて提唱されました。彼はロンドンの人口動態を調査し、当時のロンドンでは出生数よりも死亡数が多く、人口増加は周辺農村部からの移住に依存していると結論づけました。前近代の都市は、衛生状態が悪く、居住環境も劣悪であり、人口密度が高いため伝染病が蔓延しやすいという状況でした。そのため、グラントの説は多くの研究者によって支持されました。

都市墓場説の支持者としては、ジョン・ペティやトマス・ロバート・マルサスなどが挙げられます。また、ヨハン・ペーター・ジュースミルヒは、ヨーロッパのいくつかの都市を調査し、死亡者数が出生者数を上回っていることを明らかにしました。

日本の歴史人口学研究の先駆者である速水融も、この説を「都市蟻地獄説」と名付け、都市が農村から人口を引き寄せては消費してしまう蟻地獄のような機能を持つと指摘しました。

アラン・シャーリンの反論

一方で、アラン・シャーリンは1978年にこの説に対して異論を唱えました。彼は、都市部で死亡率が高くなるのは、転入者の影響であると主張しました。シャーリンによれば、従来から都市に住む人々は人口を再生産できていたのに対し、都市に新たに流入してきた人々は経済的に不安定で結婚が難しく、結果として死亡率を高めていたと考えられます。この説に基づけば、都市は外部からの住民にとって必ずしも「墓場」ではなく、都市で世帯を築き、人口を再生産していく人々も存在したことになります。

都市墓場説の意義

都市墓場説は、前近代における都市と農村の関係を理解する上で重要な視点を提供します。都市は経済の中心地であると同時に、人口を維持するために常に外部からの供給を必要としていたという側面を浮き彫りにします。また、アラン・シャーリンの反論は、都市内部の社会構造や経済状況が人口動態に与える影響を考慮することの重要性を示唆しています。

この説は、現代の都市問題にもつながる示唆を与えてくれます。都市の持続可能性を考える上で、人口の流入と流出、そして都市内部の社会構造を理解することは不可欠です。

都市墓場説は、単なる歴史人口学の仮説にとどまらず、都市のあり方を考察するための重要な手がかりを与えてくれるのです。

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