鄭主

鄭主とは

鄭主（チュアチン）は、16世紀から18世紀にかけてベトナム後黎朝において、北部地域で政治の実権を掌握した鄭氏一族の長の呼称です。彼らは、名目上の皇帝を擁立し、実質的な支配者として君臨しました。この統治体制は「ベトナムにおける将軍制度」とも評されています。

鄭氏の台頭

当初、鄭氏は後黎朝の貴族として、広南阮氏と同盟を結び、莫朝に対抗していました。この時代は「南北朝時代」と呼ばれ、莫朝が首都を放棄した後、鄭氏と阮氏はそれぞれ勢力を拡大し、対立を深めていきました。特に、鄭氏が支配する領域は「北河」と呼ばれ、外国からは「交趾国」「安南国」「東京国」「トンキン」など様々な名称で呼ばれていました。

鄭氏の歴史

鄭氏の祖先は、後黎朝の初代皇帝である黎利（レ・ロイ）の友人であり、助言者でもあった鄭可に始まります。黎利の死後、鄭可は幼い皇帝たちの後ろ盾となり、権力を振るいました。その後も、鄭氏は後黎朝内で有力な地位を保ちましたが、16世紀に入ると、莫登庸が実権を握り、後黎朝は混乱期を迎えます。

1520年、鄭氏と阮氏は莫登庸の台頭を警戒し、後黎朝の皇帝を保護して都を離れ、清華に逃れました。これが南北朝時代の始まりです。数年にわたる戦いの後、皇帝は暗殺され、鄭氏と阮氏の指導者も処刑されました。しかし、これは序章に過ぎませんでした。1527年、莫登庸は皇帝から帝位を簒奪し、莫朝を建国。これに対抗するため、鄭氏と阮氏は再び立ち上がり、莫朝との戦いを繰り広げました。阮淦が蜂起軍を率い、その娘婿である鄭検が鄭氏の新たな指導者となりました。

1545年、阮淦は毒殺され、鄭検が後黎朝の主導権を掌握しました。鄭検は、阮淦の息子たちを排除し、自らの地位を固めると、莫朝との戦いを続け、1572年には首都である東京を奪還しました。その後も、鄭氏は莫朝との戦いを継続し、1592年に莫朝の皇帝を処刑し、莫朝を地方政権へと追い込みました。

鄭阮紛争

莫朝を駆逐した後、鄭氏と阮氏の対立は深刻化していきました。阮氏は南部で勢力を拡大し、1620年には東都への貢納を拒否。1627年、ついに鄭阮紛争が勃発し、1673年の和平合意まで、長い戦乱の時代が続きました。

鄭氏は、後黎朝の帝室を利用し、自らの都合の良いように皇帝を擁立し、交代させました。外交面では、カンボジアやシャムと頻繁に争った阮氏とは対照的に、鄭氏は近隣諸国と平和的な関係を築くことを目指しました。ただし、1694年にはラーンサーンの内戦に巻き込まれ、シャムと共に戦乱に介入することになりました。

鄭氏の衰退

鄭根とその曾孫の鄭棡は、多くの政治改革を行いましたが、これらの改革は民衆の負担を増大させ、不満が高まる要因となりました。特に鄭杠の時代には、無能な統治により民衆の蜂起が頻発しました。農地不足が深刻化する中、鄭杠はますます状況を悪化させたため、重臣によるクーデターで弟の鄭楹が当主となりました。鄭楹は農民反乱の鎮圧に追われました。

西山党の乱と滅亡

1771年、広南阮氏の領域で西山党による農民反乱が発生しました。鄭氏の当主である鄭森は、これを機に南部を平定しようとしますが、西山党の勢力に阻まれ、休戦に至ります。しかし、この休戦が西山党の勢力拡大を助長しました。1786年、西山党の指導者である阮恵が北部へ侵攻すると、鄭氏政権は権力闘争による内部分裂を起こし、兵士は戦意を喪失しました。当主の鄭楷は逃亡中に農民に捕らえられ、自殺しました。

阮恵が首都である昇龍に入城すると、鄭氏の軍は壊滅。その後、清が後黎朝の復興を名目に介入しましたが、阮恵の軍に敗北し撤退。これにより、後黎朝帝室と鄭氏一族は清に亡命することになりました。阮福映が西山朝を滅ぼし阮朝を建国すると、鄭氏の祭祀は鄭楈によって継承されました。

他国との関係

鄭氏は、中国に対しては慎重な態度を取りました。明の遺臣に好意的で多くの移民を受け入れた阮氏とは対照的でした。フランスとの関係では、イエズス会士のアレクサンドル・ドゥ・ロードが北河を訪れ、越仏関係を築く上で重要な人物となりましたが、後に鄭氏によって国外追放されました。その他、オランダやドイツとの貿易も行われ、西洋式の武器を求めた時期もありました。

歴代鄭主

鄭検 (1503年-1570年): 初代鄭主
鄭檜 (1523年-1584年): 鄭検の長子
鄭松 (1550年-1623年): 活発な指導者
鄭梉 (1577年-1657年)
鄭柞 (1606年-1682年)
鄭根 (1633年-1709年)
鄭棡 (1686年-1730年)
鄭杠 (1711年-1762年)
鄭楹 (1720年-1767年)
鄭森 (1739年-1782年)
鄭檊 (1777年-1782年)
鄭楷 (1763年-1786年)
* 鄭槰 (1749年-1791年)

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