酒井一夫

酒井 一夫（さかい かずお）氏は、1955年生まれの日本の生物学者であり、特に放射線ホルミシスの研究で知られている。理学博士の学位を持ち、放射線防護分野における第一人者として長年活躍している。

東京大学理学部生物化学科を卒業後、同大学院理学系研究科生化学専攻にて博士課程を修了した。博士課程の研究は医学部医学科の放射線基礎医学教室で行い、哺乳動物培養細胞における放射線感受性とDNA傷害の関係に関する研究で理学博士号を取得した。大学院修了後、東京大学医学部医学科の助手（放射線基礎医学教室）としてキャリアをスタートさせた。

1983年から1985年にかけては、アメリカ合衆国のハーバード大学医学部附属小児病院遺伝学研究部門にて博士研究員として国際的な研究経験を積んだ。帰国後、東京大学医学部医学科で講師、さらに専任講師を務め、放射線基礎医学の研究と教育に携わった。

その後、財団法人電力中央研究所に移り、我孫子研究所生物学研究部狛江分室の室長や、低線量放射線研究センター、原子力技術研究所附属放射線安全研究センターの上席研究員として、低線量放射線が生物に与える影響や放射線安全に関する研究を推進した。

2006年4月からは、独立行政法人放射線医学総合研究所（放医研）に転じ、放射線防護研究センターのセンター長に就任した。放医研は2006年にIAEA（国際原子力機関）の協力センターに認定されており、酒井氏はIAEAとの連携活動にも深く関与している。2010年には、放医研ワークショップでIAEA協働センターとしての研究活動について講演を行った。

放射線防護の専門家として、国内および国際的な多くの委員会や組織で重要な役割を果たした。日本保健物理学会の国際対応委員会委員長、日本放射線影響学会のUNSCEAR等対応担当幹事および国際委員会委員長などを歴任。さらに、国際放射線防護委員会（ICRP）の第5専門委員会委員、内閣府原子力安全委員会の専門委員、医療放射線防護連絡協議会の顧問など、政策決定や専門基準策定に関わる要職も務めた。

2011年の福島第一原子力発電所事故発生後は、その対応にも尽力した。日本学術会議の東日本大震災対策委員会放射線の健康への影響と防護分科会では特任連携会員として、また首相官邸の原子力災害専門家グループの一員として、放射線影響に関する専門的見地からの助言を提供した。

また、長崎市への原爆投下における放射性降下物の影響に関する被爆体験者訴訟においては、被告側の証人として法廷で意見を述べた。原告側が提出した放射性降下物による内部被曝に関する意見書に対し、重松逸造元放射線影響研究所理事長らとともに反対意見書を提出した。この意見書では、放射性降下物に含まれるアルファ線やベータ線の、特に消化管組織に対する相対的生物効果（RBE）は極めて低い、あるいはゼロに近いこと、またこれらの放射線が消化管粘膜を容易には透過できないため、その先の組織幹細胞に与える影響は無視できるほど小さい、といった科学的な見解に基づき、原告側の主張に対する反論を展開した。

現在も、東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻の客員教授を務める傍ら、NPO法人放射線教育フォーラムの理事として、社会に対する放射線に関する正確な知識の普及・啓発活動にも積極的に取り組んでいる。長年の研究と実務経験に基づき、放射線科学の発展と社会の安全に貢献し続けている。

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