野村愛正

野村愛正：小説家、脚本家、そして連句家としての生涯

野村愛正（のむら あいせい、1891年8月21日 - 1974年7月6日）は、20世紀日本の文壇を彩った多彩な才能の持ち主でした。小説家、脚本家としての成功に加え、連句家としても深い造詣を持ち、その活動は多岐に渡ります。本名は「ちかまさ」でしたが、幼少期から「あいせい」と呼ばれ、それを自身の筆名としました。

1891年、鳥取県に生まれた野村は、鳥取中学（現・鳥取県立鳥取西高等学校）を病気のため中退後、鳥取新報社（新日本海新聞社の前身）に入社します。その後、1913年に上京し、本格的に文学の道へ進みます。有島武郎に師事し、『新潮』『中央公論』といった有力雑誌に小説を発表するなど、作家としてのキャリアを着実に築き上げていきました。

転機となったのは、1917年、27歳の時でした。大阪朝日新聞が本社落成記念として開催した懸賞小説に応募した作品『明ゆく路』が、見事一等に輝きます。この受賞は、野村の作家としての地位を確固たるものにしました。その後も精力的に執筆活動を続け、『三国志物語』（1940年）は社会現象を巻き起こすほどのブームとなり、彼の代表作として長く人々の記憶に刻まれることになります。生涯で発表した著作は50冊にも及びます。

小説家としての活動と並行して、映画の脚本家としても活躍しました。その才能は、小説の枠を超え、映像の世界にも広がっていったのです。

日中戦争が激化する中、1938年には海軍への従軍を志願し、認められます。戦地の体験は、彼の作品に大きな影響を与えたことでしょう。戦争が激しくなった1944年には帰郷し、鳥取県で疎開生活を送ります。この間、児童雑誌『山びこ』の編集に携わり、子どもたちへの文学指導にあたりました。しかし、戦後の物資不足により、雑誌は5号で廃刊せざるを得ませんでした。1949年に東京へ戻り、再び創作活動に励みます。

戦後、野村は連句の世界にも深く関わります。幼少期から大きかった耳の形から「牛耳」という俳号を使い、1943年には連句師である根津芦丈と出会い、その魅力に開眼します。1953年頃からは「ゴーロー連句会」（海音寺潮五郎亭で開催）の指導を行い、1959年に結成された都心連句会では捌き役を務めました。さらに、1973年には義仲寺連句会を指導し、林空花、高鳥南万子、石川宏作、鈴木三余といった多くの連句家を育成しました。指導した連句実作者は50名以上にのぼると言われています。

1974年、心不全のため82歳で永眠しました。出身地の鳥取市国府町楠城（現在の因幡万葉湖付近）には、翌年に「野村愛正文学碑」が建立され、その功績は今も人々に語り継がれています。

野村愛正の作品リスト

『明ゆく路』（新潮社、1918年）
『土の霊 他二篇』（新潮社、1918年）
『黒い流』（新潮社、1919年）
『大地に立つ』（春陽堂、1932年）
『虹の冠』（春陽堂、1932年）
『木村久太郎翁』（編、1938年）
『豊臣秀吉』（偕成社、1941年）
『海をひらく』（東光堂、1942年）
『少年フイリッピン史』（宋栄堂、1942年）
『ダバオの父太田恭三郎』（偕成社、1942年）
『ヒマラヤの牙』（田中宋栄堂、1942年）
『海獸』（忠文館、1943年）
『灯台の娘』（大仙書房、1943年）
『北畠親房』（偕成社、1944年）
『鯨とともに』（大鐙閣、1944年）
『魔境の怪都』（むさし書房、1948年）
『密牢の叫び』（偕成社、1948年）
『魔境千里』（大日本雄弁会講談社、1949年）
『少年太閤記』（弘文社、1950年）
『少年猛獣狩』（講談社、1950年）
『カムチヤッカの鬼』（学風書院、1956年）
『髑髏の開拓地』（学風書院、1957年）
『南海の快男児』（講談社、1957年）
『海の奇談』（大陸書房、1968年）
『泉は放射線に流れる』（野村愛正遺作出版顕彰会、1976年）
『海釣り奇談』（大陸書房、1978年）
* 『摩天楼』（野村牛耳連句集、1975年）

翻訳・再話作品も多数あります。

野村愛正は、小説家、脚本家、そして連句家として、多方面で才能を発揮した稀有な作家でした。彼の作品は、激動の時代を生きた証であり、今もなお人々に読み継がれ、愛されています。

もう一度検索