金泳三総裁議員職除名波動

概要

金泳三総裁議員職除名波動は、1979年 10月4日、大韓民国第四共和国体制下において発生した重大な政治事件です。当時の最大野党であった新民党の総裁、金泳三氏が、与党議員によって強行採決された議員職除名動議案により、国会議員の資格を失った出来事を指します。この事件は、朴正煕政権に対する野党の抵抗が頂点に達した局面であり、その後の政治情勢に決定的な影響を与えました。

事件の背景

事件の約半年前、1979年 5月に開催された新民党党大会において、金泳三氏は対政府穏健派と見られていた李哲承氏を破り、再び党総裁の座に就きました。総裁に返り咲いた金泳三氏は、「鮮明野党」と「民主回復」をスローガンに掲げ、朴正煕大統領率いる権威主義的な政権に対し、一層強硬な対決姿勢を打ち出しました。
こうした政治的緊張が高まる中、金泳三氏は同年9月10日、アメリカの著名な新聞である『ニューヨーク・タイムズ』の記者と会見しました。この会見の中で、彼は前月に発生し社会的な波紋を広げていたYH貿易事件に言及しつつ、当時の韓国政局を厳しく批判しました。さらに、アメリカ政府に対して、朴政権の非民主的な行動を牽制するため、公然と直接的な影響力を行使すべきだと主張したのです。
この発言が9月16日付の同紙に掲載されると、韓国国内で大きな波紋を呼びました。与党である民主共和党（共和党）と維新政友会（維政会）は、金泳三氏の発言を「国家の主権を軽んじる事大主義的なものだ」として猛烈に非難しました。与党はこれを機に、金泳三氏の政治的排除を図る動きを加速させました。

除名に至る経緯

金泳三氏の『ニューヨーク・タイムズ』での発言を問題視した与党は、10月1日に共和党と維政会の合同調整会議を開き、金総裁の議員除名を決定しました。そして、事件当日である10月4日、この決定を実行に移します。
国会本会議場では、新民党の議員たちが与党による採決を阻止するため、議長席を占拠するなど激しい抵抗を試みました。しかし、こうした混乱に乗じる形で、与党は法制司法分科委員会を与党議員のみで開き、金総裁の除名動議案を強行可決しました。
さらに同日午後、新民党など野党議員が不在の本会議が、与党議員のみによって開かれました。この本会議で、委員会の採択を通過した金総裁の除名動議案が可決され、これにより金泳三氏は国会議員の職を不当に剥奪されることとなったのです。これは、韓国の憲政史上においても極めて異例で変則的な手続きによるものでした。

事件後の影響

金泳三総裁の議員職除名という事態は、最大野党である新民党に強い衝撃と反発をもたらしました。新民党は直ちに党としての対応を協議し、所属する全ての議員の国会登院拒否を決定しました。さらに、金泳三氏に続いて、党所属議員66名全員が一斉に議員辞職を表明するという、政権への徹底抗戦の姿勢を示しました。これには民主統一党の議員3名も同調し、合計69名の野党議員が10月13日に国会事務局へ議員辞職願を提出する事態に発展しました。
この金泳三総裁除名事件は、単なる国会内の出来事に留まりませんでした。金泳三氏の政治的な故郷であり、強固な支持基盤であった釜山、そして隣接する馬山市では、事件に対する怒りと民主化への要求が高まり、大規模な学生や市民によるデモが勃発しました。これが、後に韓国の民主化運動史における重要な出来事となる「釜馬民主抗争」です。
釜馬民主抗争は、朴正煕政権に対する国民の不満と抵抗を一気に噴出させる引き金となりました。そして、この抗争の拡大こそが、朴政権内部にも深刻な亀裂を生じさせ、最終的に同年10月26日に朴正煕大統領が暗殺されるという「10・26事件」を招く決定的な要因の一つとなったのです。
金泳三総裁議員職除名波動は、第四共和国末期の韓国政治を大きく動かし、その後の民主化プロセスへと繋がる歴史的な転換点となった事件として記憶されています。

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