金須嘉之進

金須 嘉之進（きす よしのしん）は、1867年3月26日（慶応3年2月21日）に生まれ、1951年4月7日に永眠した日本の音楽家です。正教徒であり、聖名はインノケンティ。主に日本正教会における聖歌の指揮・作曲で顕著な功績を残す一方、世俗の音楽教育にも熱心に取り組み、後進の育成に尽力しました。ロシアの著名な作曲家ニコライ・リムスキー＝コルサコフに直接師事した経験を持ち、作曲家の古関裕而を育てた師としても知られています。

現在の宮城県にあたる仙台藩で生を受けた金須は、若くして正教の道を志し、1881年に東京府神田区駿河台にあった正教会の神学校に入学しました。ここでヤーコフ・チハイやドミートリー・リヴォフスキーといった師から音楽を学び、音楽家としての基礎を築きます。

さらなる研鑽を積むため、1891年夏にはロシア帝国（現在のサンクトペテルブルク）へ留学。帝室附カペーラ声楽院で、副院長を務めていたニコライ・リムスキー＝コルサコフに指揮法と聖歌を、ニコライ・ソコロフからは和声法を学びました。この留学中に、ヴァイオリンやピアノといった楽器演奏の技術に加え、聖歌指揮法や作曲理論など、幅広い音楽知識と技術を習得しました。

1894年（明治27年）に帰国すると、金須は日本正教会の中心であるニコライ堂などで聖歌隊の指導者として活動を開始します。ドミートリー・リヴォフスキー、小原甲三郎、東海林重吉らと共に、四半世紀にわたる1919年（大正8年）まで、その指導にあたりました。また、神学校や女子神学校において音楽教育を担当し、多くの生徒を育成しました。

教育活動と並行して、演奏家としても活動しました。1895年（明治28年）3月には、本郷中央会堂での慈善音楽会において、著名な哲学者で音楽家でもあったラファエル・フォン・ケーベルらと共にヴァイオリンを演奏しています。さらに、1898年に結成された明治音楽会にもヴァイオリン奏者として参加し、日本の洋楽黎明期における演奏活動にも貢献しました。

1897年（明治30年）には、駿河台鈴木町に私塾「成楽舎」を開設しました。ここではヴァイオリン、オルガン、楽典、和声法、ソルフェージュといった音楽の基礎から応用までを教え、一般市民への音楽普及にも努めました。

その後、一時満洲鉄道のロシア語通訳としてハルビンに駐在するなど異色の経歴を持ちますが、関東大震災（1923年）を機に仙台へ移住します。仙台では、宮城県女子師範学校、吉田女学校、宮城県女子専門学校などで教鞭を執り、地域の音楽教育に尽力しました。また、青葉音楽院を主宰し、精力的に後進の指導にあたります。この仙台在住期に、当時川俣銀行（現東邦銀行川俣支店）に勤務しており、作曲を志していた青年・古関裕而と出会い、彼の才能を見出して指導したことは、日本の音楽史における重要なエピソードの一つです。

1939年（昭和14年）に東京の大森に移転した後、1943年（昭和18年）には鎌倉に移住し、晩年を過ごしました。晩年には、再び半年ほどニコライ堂の聖歌指導にあたった時期もあったと伝えられています。

金須嘉之進は、作曲家としても多くの作品を残しています。特に日本正教会の聖歌の分野では、「常に福にして」「平和の憐み」「天主經（主の祈り）」「ヘルヴィムの歌」といった、現在も歌い継がれている重要な作品を手がけました。これらの聖歌は、日本の正教会における奉神礼（礼拝）音楽の発展に大きく貢献しました。

また、世俗歌曲として、中井木菟麻呂作詞の「東の門（主教歓迎の歌）」や「東亜建設の歌曲」を作曲しました。さらに、大学や高等学校、小学校の校歌も数多く手掛けており、慶應義塾大学の旧塾歌、聖和学園短期大学校歌、宮城県石巻女子高等学校校歌、宮城県石巻好文館高等学校校歌、荒浜小学校校歌などが知られています。これらの作品は、教育機関における音楽文化の振興にも寄与しました。

金須嘉之進は、日本の近代音楽史、特に正教会音楽の分野において、ロシアで学んだ高度な知識と技術をもとに、指導者、演奏家、作曲家として多角的に貢献した人物です。その教育活動からは古関裕而のような著名な音楽家が育ち、作曲した聖歌は今なお多くの人々に歌われています。84年の生涯を音楽と教育に捧げ、日本の音楽界に確かな足跡を残しました。曽孫にはジャズハモンドオルガニストの浅野仁氏がいます。

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