鉢の木会

鉢の木会の歴史

鉢の木会（はちのきかい）は、1948年に三人の作家、中村光夫、吉田健一、吉川逸治によって設立された私的な文学サークルです。このサークルは当初、鎌倉に住んでいた作家たちが集まり、文学以外のさまざまな話題について自由に語る場となっていました。その後、大岡昇平、三島由紀夫、福田恆存、神西清もメンバーに加わり、合計で七人の作家が在籍するようになります。

会の創立年については、1949年とする説も存在し、また神西の加入を契機とした四人での始まりを唱える情報もあります。これらの異なる見解は、会の初期の様子がいかに流動的であったかを示していると言えるでしょう。

鉢の木会の名称の由来

「鉢の木会」という名前は、謡曲『鉢木』に由来しています。この物語は北条時頼に関する伝説をもとにしており、旅の僧が大雪の中、佐野源左衛門常世の家に一夜の宿を求めるというエピソードから始まります。貧しいながらも、常世は粟の飯を振る舞い、鉢の木を燃やして温かくもてなしました。後に僧が鎌倉から呼ばれ、再会したとき、時頼はかつての僧が自分であったと明かします。このもてなしの精神を引き継ぎ、メンバー同士も月ごとに当番を決め、お互いをもてなす文化が形成されました。このことは、戦後の困難な時代において、仕事に追われる生活から一歩離れ、心を通わせる場を持つことへのささやかな反抗でもあったと考えられています。

『聲』の発行

このサークルのメンバーである神西清は、ロシア文学の専門家であり、特に「チェーホフ全集」の完訳を進めていましたが、1957年に早逝しました。その神西の死が契機となり、残されたメンバーは協力して文芸誌『聲』を編集し、1958年10月から1961年1月までの間、全10号を発行しました。この作品はてるてる文庫の発行元となり、多くの著名な作家たちの作品が掲載されました。江藤淳のエッセイや澁澤龍彦の短編作品など、様々な質の高い文芸作品が揃い、多くの読者を魅了しました。特に、その時期の若手外国文学研究者による海外文学の紹介も注目され、文壇にも大きな影響を与えました。

メンバーの葛藤と脱退

三島由紀夫にとって、先輩作家たちに迎え入れられたことは自信の源であったものの、会の中で彼に対する厳しい言葉もあったようです。吉田健一は、三島を「俗物」と非難し、これが二人の関係に亀裂を生むきっかけとなりました。吉田は後に三島に謝罪の手紙を書き、中村を通じて和解を試みましたが、三島は「長期欠席」として穏やかに参加を拒否し続けました。

最終的には、三島と吉田は別れを選び、三島は会から脱退しました。彼は、吉田をモデルにした小説『宴のあと』を発表し、大きな反響を呼びました。

その後も中村光夫との共著を通じて関係は維持されていましたが、大岡との関係も次第に疎遠になり、最終的に初期のメンバーであった吉田、中村、福田、吉川が会を存続させることになりました。1977年5月には、吉田の最後の英国旅行の数日前にも会合が開かれた記録が残されています。

鉢の木会の活動は、ただの文芸サークルにとどまらず、時代の波に影響されつつも、作家たちの交流と成長を促す重要な場であったのです。

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