銭屋五兵衛

銭屋五兵衛：波乱に満ちた生涯と北前船貿易

銭屋五兵衛（1774年 - 1852年）は、江戸時代後期の加賀藩（現在の石川県）で活躍した豪商であり、海運業者としても名を馳せました。金沢藩の御用商人として、その手腕を発揮し、莫大な富を築き上げました。「銭五」の名で親しまれ、その一代記は多くの人々に語り継がれています。この記事では、彼の生涯と功績、そしてその後の評価について詳細に解説します。

生い立ちと家業の継承

銭屋は、戦国時代に滅亡した朝倉氏の末裔を自称する家系で、初代吉右衛門が金沢に移住し、両替商、醤油醸造、古着商などを営んでいました。五兵衛の父も海運業を始めましたが、経営は振るわず一度は廃業しています。五兵衛は39歳の時に、質流れの船を調達して海運業を再開しました。当時、北前船航路の重要な中継港であった宮腰（現在の金石）を拠点に、米の売買を中心に事業を拡大しました。

北前船貿易での成功

五兵衛は、北前船貿易で成功を収めました。最盛期には、千石積みの船を20艘以上、全所有船舶200艘を所有し、全国に34店舗の支店を構える豪商へと成長しました。彼の商業記録は『年々留』という手記に詳細に記されており、当時の商戦の様子や、船の難破などの苦難、各地での商売の状況を知ることができます。また、各地の用地買収や新田開発、支店開設など、事業の多角化とリスクヘッジにも注力していました。

海外との密貿易

鎖国体制下であった当時、海外との貿易は厳禁されていましたが、五兵衛は密貿易を行っていたことでも知られています。金沢藩への献上金の見返りとして、藩から黙認されていたとも言われています。本多利明の経済論や大野弁吉のからくり技術に影響を受け、海外交易の必要性を痛感していたとされます。蝦夷地（現在の北海道）や樺太ではアイヌを通じて山丹交易を、国後場所や択捉島近海ではロシアと抜荷取引を行い、自ら香港やアモイに出向いたり、アメリカの商人とも交易していたと伝えられています。オーストラリアのタスマニア島に領地を持っていたという伝説すら残っていますが、その信憑性は定かではありません。

失脚と悲劇的な最期

五兵衛は、金沢藩の勝手方御用掛であった奥村栄実と結び、藩の御用銀調達や御手船裁許（藩が所有する商船の管理）を行い、巨利を得ていました。しかし、奥村の死後、藩の実権を握った改革派の黒羽織党との対立が深まり、立場が危うくなりました。五兵衛は、河北潟（かほくがた）の干拓工事を請け負いましたが、地域住民との賃金トラブルや工事の遅延、体力の衰えにより、完成を焦り始めます。埋め立てに石灰を使用したことが原因で、周辺の漁民から毒を流したと非難され、五兵衛は子息らとともに投獄され、獄死しました。享年80歳でした。銭屋は財産没収、家名断絶という厳しい処分を受けました。三男の佐八郎は、鎖国破りの罪で磔刑に処され、長男の喜太郎は自害するなど、一族は悲劇的な末路を辿りました。この事件は、江戸幕府が鎖国政策を改め、開国に転換するわずか2年前の出来事でした。

銭屋五兵衛の評価と後世への影響

死後、五兵衛は密貿易で巨利を得た悪徳商人として酷評されましたが、明治維新後は、鎖国体制下で海外交易を試みた先駆者として評価が高まりました。彼が挫折した河北潟の干拓は、後に国営事業として完成しました。現在、金沢市にある銭屋の旧宅の一部は「銭五の館」として公開されており、隣接して「銭屋五兵衛記念館」も併設されています。

銭屋五兵衛を題材とした作品

五兵衛の波乱に満ちた生涯は、多くの作家によって小説や歴史読み物として描かれてきました。代表的な作品として、以下のようなものがあります。

舟橋聖一『海の百万石』
童門冬二『海の街道銭屋五兵衛と冒険者たち』『銭屋五兵衛と冒険者たち』
津本陽『波上の館加賀の豪商・銭屋五兵衛の生涯』
南原幹雄『銭五の海』

これらの作品を通じて、彼の人物像や時代背景を知ることができます。