ヒトの体には左右一対の
鎖骨下静脈(英名: subclavian veins)が存在します。これらは胸郭の最上部、
鎖骨の真下に位置し、最初の
肋骨である第1
肋骨の上縁を通過する、比較的太い血管です。
鎖骨下静脈は、腕の主要な静脈である腋窩静脈(えきかじょうみゃく)の外側部分から連続する形で始まります。具体的には、第1
肋骨の外側縁付近から始まり、首の付け根の方向、すなわち体の中心側へ向かって走行します。この走行経路は、首の筋肉である
前斜角筋(ぜんしゃかくきん)の内側縁に沿っています。
鎖骨下静脈は、この経路の終点で、首の側面を上行する重要な血管である
内頸静脈(ないけいじょうみゃく)と合流します。この二つの静脈が合流する場所は特に
静脈角(じょうみゃくかく、venous angle)と呼ばれます。静脈角で合流した血液は、さらに太い腕頭静脈(わんとうじょうみゃく、brachiocephalic vein)へと流れ込み、最終的には上半身の血液を集めて心臓に戻る
上大静脈(じょうだいじょうみゃく)に合流します。
鎖骨下静脈は、同じく
鎖骨の下を通る動脈である
鎖骨下動脈(さこつかどうみゃく)と並行して走行しますが、両者の位置関係には特徴があります。
前斜角筋が動脈と静脈を隔てており、
鎖骨下動脈がこの筋肉の背後を通過するのに対し、
鎖骨下静脈はその手前、すなわち
前斜角筋の前側を通過します。この前後の位置関係は、手術や
カテーテル挿入などの医療処置を行う上で重要となります。また、第1
肋骨の上を通る
鎖骨下静脈が乗る部分には、骨の表面に浅い溝が見られます。これは
鎖骨下静脈溝(さこつかじょうみゃくこう、sulcus for subclavian vein)と呼ばれ、
前斜角筋が第1
肋骨に付着する場所のすぐ隣に位置しています。
体には、血管系とは別に
リンパ系という循環システムがあります。
リンパ系は、組織から滲み出た細胞間液や、免疫細胞である
リンパ球、消化管で吸収された脂肪などをリンパ液として集め、体中を巡らせた後に最終的に血管系に戻す役割を担っています。このリンパ液が血管系に合流する主要な場所こそが、左右の
鎖骨下静脈と
内頸静脈の合流点である「静脈角」なのです。体内のリンパ液のほとんどは、この静脈角に流れ込み、静脈血と混じって心臓へ運ばれます。
具体的には、下半身全体と左側の上半身(左腕や左半分の胸、頭頸部など)から集まるリンパ液は、体で最も太いリンパ管である胸管(きょうかん、thoracic duct)を通って、左側の静脈角付近で左
鎖骨下静脈と左
内頸静脈の合流点に流入します。一方、右側の上半身(右腕や右半分の胸、頭頸部など)から集まるリンパ液は、右リンパ本幹(うりんぱほんかん、right lymphatic duct)を通って、右側の静脈角付近で右
鎖骨下静脈と右
内頸静脈の合流点に流入します。
鎖骨下静脈は、その位置や走行の特性から、医療現場で様々な手技に利用されています。皮膚表面から比較的近い場所にあり、また走行中に大きなカーブが少ないため、血管へのアクセスが比較的容易です。このため、採血や薬剤投与のための静脈穿刺に用いられるほか、特に重要なのが
中心静脈カテーテル(ちゅうしんじょうみゃく
カテーテル、central venous catheter)の挿入経路として頻繁に利用される点です。高カロリー栄養輸液を投与したり、特定の薬剤を長時間にわたって持続的に投与したり、あるいは心臓に近い太い血管内の圧力を測定する(中心静脈圧測定)ために、
鎖骨下静脈から
カテーテルを挿入し、その先端を
上大静脈などに留置します。これは、
鎖骨下静脈が体幹の中心に近く、太い血管であるため、投与された薬剤が速やかに全身に運ばれたり、正確な循環動態の情報が得られたりするのに適しているからです。