鐸木能光

日本の現代文化において、音楽、文学、そして民俗学という異色の分野で独自の世界を築いている人物に、たくき よしみつ（本名：鐸木 能光）氏がいます。1955年生まれの氏は、音楽家、作家、そして近年では狛犬研究家としても広く知られ、その活動は日本文藝家協会会員としての顔も持ちます。

氏の家族背景もまた特筆すべき点です。母は著名な人形作家である鐸木能子氏、そして曾祖父には福島市名誉市長や衆議院議員を務めた鐸木三郎兵衛という、芸術と政治の系譜に連なる家系に生まれています。

福島県福島市で生を受けた氏は、神奈川県川崎市で少年時代を過ごしました。学業は、川崎市立野川小学校、聖光学院中学校・高等学校を経て、上智大学外国語学部英語学科を卒業しています。

大学在学中から音楽の世界に足を踏み入れ、東京キッドブラザースのミュージカルに作曲家として参加したことを機に、ビクターから作曲家としてデビューを果たしました。その後も、ギターデュオ「KAMUNA」やEWI奏者「Jin Soda」といった名義で演奏活動も積極的に行い、音楽家としてのキャリアを確立していきました。

作家としての才能も早くから開花させており、芳光祥太郎というペンネームで執筆した小説『新しい四月のための編曲法』は、1979年の群像新人文学賞において最終予選を通過するという実績を残しています。この回の受賞作は村上春樹氏の『風の歌を聴け』であり、同氏と同時期に注目されていたことがわかります。その後、生計を立てるために、著名人の書籍のゴーストライターや英語の参考書を執筆するなど、ライターとしても多忙な日々を送りました。

転機が訪れたのは1990年です。自作の小説と楽曲を組み合わせたCDブック『プラネタリウムの空』をマガジンハウスから刊行し、正式に作家としてデビュー。翌1991年には『マリアの父親』で第4回小説すばる新人賞を受賞し、作家としての地位を確固たるものにしました。

氏の人生は、執筆活動や音楽活動だけでなく、大きな環境の変化や災害とも深く関わっています。長年暮らした川崎市を離れ、自然に囲まれた環境での永住を目指し、新潟県北魚沼郡川口町の山中に物件を購入しました。川崎の自宅と往復しながら12年もの歳月をかけて修繕を重ねましたが、2004年10月23日に発生した新潟県中越地震によって川口町は壊滅的な被害を受け、移住予定だった家屋も崩壊してしまいました。集落全体が集団移転を余儀なくされる中、この場所への移住は断念せざるを得ませんでした。

しかし、自然の中での生活を諦めなかった氏は、同年12月、福島県双葉郡川内村に再び物件を入手します。当初は川崎との往復生活でしたが、川内村にインターネット高速通信が開通したことを機に、生活拠点を完全に川内村へ移しました。2008年には、川内村で音楽スタジオ「タヌパック阿武隈」を始動させ、地域に根ざした活動も開始しました。

2011年3月11日の東日本大震災は、氏の生活を再び大きく揺るがしました。居住していた川内村は福島第一原子力発電所から約25km圏内に位置しており、原発事故の影響で村全域に避難指示が発令されました。全村避難が続く困難な状況下でありながらも、氏は同年4月末には村に戻り、生活を再開する道を選びました。原発事故の影響を受けながらの生活を経て、同年11月には栃木県日光市へと転居しています。

作家活動においては、出版社を通じた発表に加え、自らの著作を直接読者に届ける手段として、個人レーベル「タヌパックブックス」を設立しました。2019年からはAmazonを通じて著作の発表・販売を行い、その活動範囲を広げています。

著作リストを見れば明らかなように、氏の関心は非常に多岐にわたります。小説、PC・インターネットに関する解説書、社会評論、そしてライフワークとも言える狛犬研究まで、ジャンルを横断した執筆活動を展開しています。これらの作品は、氏の豊富な経験と鋭い観察眼、そして独特の視点から生み出されており、多くの読者に刺激を与えています。

音楽作品もまた、初期の参加作品から自身の名義やユニット名義でのアルバム発表まで、長いキャリアを通じて多様な作品を生み出しています。音楽家、作家、研究家という複数の顔を持つたくき よしみつ氏の活動は、それぞれの分野が相互に影響し合いながら、唯一無二の世界観を構築していると言えるでしょう。波乱に富んだ人生経験が、その表現活動に深みを与えていることは間違いありません。

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