長い末端反復

長い末端反復 (LTR)

長い末端反復（Long Terminal Repeat, LTR）とは、レトロトランスポゾンやレトロウイルスの複製過程で生じるプロウイルスDNAの、両端に見られる特徴的なDNA配列のことです。この配列は数百から数千の塩基対からなり、プロウイルスの両端に全く同じ配列として繰り返して存在しています。LTRの存在は、レトロウイルスが自身の遺伝物質を宿主細胞のゲノムに効果的に挿入し、その後の遺伝子発現を制御するために不可欠な要素です。

LTRの形成と構造

レトロウイルスのゲノムはRNAですが、これが宿主細胞内で逆転写酵素によってDNAに変換されます。この過程で、RNA中間体の一部がまずDNAに転写され、さらに相補的な鎖が合成されて二本鎖DNA（dsDNA）が形成されます。このdsDNA、すなわちプロウイルスの両端に、元のRNAには完全な形では存在しなかった完全なLTR配列が再構築されて配置されます。初めてLTR配列が同定されたのは、1970年代後半から1980年代初頭にかけての研究者たちによる功績です。

LTRは、プロウイルスが宿主ゲノムに組み込まれる際に中心的な役割を担います。レトロウイルス特異的なインテグラーゼという酵素が、LTRの特定の配列を認識し、宿主染色体のDNA鎖を切断してプロウイルスDNAをその中に組み込みます。この組み込みプロセスはウイルスの増殖サイクルにおいて極めて重要です。

遺伝子発現制御機能

宿主ゲノムに組み込まれたプロウイルスは、その遺伝子を発現させることで新たなウイルスの成分を生産します。この遺伝子発現の開始地点となるのが5'側（上流側）のLTRです。5' LTRは、転写を促進するプロモーターやエンハンサーといった調節エレメントを豊富に含んでおり、ウイルス遺伝子全体の転写開始を強く誘導します。

一方、3'側（下流側）のLTRは、転写されたRNAの末端にポリアデニル化シグナルを付加する役割を主に担います。このポリアデニル化は、mRNAの安定性や翻訳効率に影響を与えます。興味深いことに、プロウイルスとして組み込まれた状態では、見かけ上同じ配列を持つ5' LTRと3' LTRで機能的な役割が分化しており、5' LTRが主に転写開始、3' LTRが転写終結とポリアデニル化に関与します。ただし、補助タンパク質をコードするなど、3' LTRに特有の機能を持つ場合もあります。

HIV-1 LTRの詳細

ヒト免疫不全ウイルス（HIV）のようなレトロウイルスも、このLTRを用いた機構を利用しています。特にHIV-1のLTRは比較的よく研究されており、その長さは約634塩基対です。HIV-1のLTRは、機能的にU3、R、U5という三つの領域に分けられます。これらの領域内にはさらに細かな調節エレメントや配列が存在します。

HIV-1のLTRには、以下のような重要な機能を持つサブ領域が含まれています：

TAR (Trans-Activation Response element): 転写の活性化に不可欠な領域で、HIVのTatタンパク質と結合して転写効率を高めます。特徴的なステムループ構造をとります。
Poly A: 転写されたRNAの末端にアデニン（A）の繰り返し配列を付加するシグナルです。これによりmRNAの安定性が増し、翻訳効率が向上します。
PBS (Primer Binding Site): 逆転写開始に必要なプライマー（tRNALys）が結合する特定の配列です。
Psi (Ψ, Packaging Element): 新しいウイルス粒子を形成する際に、ウイルスゲノムRNAがカプシド内に正確に取り込まれる（パッケージング）ための調節に関わる配列です。
* DIS (Dimerization Initiation Site): ウイルスゲノムRNAが二本鎖を形成する（二量体化）開始点となる配列です。これはウイルス粒子の成熟に重要です。

HIV-1プロウイルスが転写される際、5' LTRのポリアデニル化シグナルは通常無視され、3' LTRにある同じポリアデニル化シグナルが効率的に利用されるという興味深い現象が見られます。これは、LTR内の他の配列要素（例えばU3領域）が、どちらのLTRのポリアデニル化シグナルが使われるかを制御していることを示唆しています。

年代推定への応用

レトロウイルスの挿入年代を推定する研究分野（古ウイルス学）では、LTRの性質が応用されています。プロウイルスがゲノムに挿入された時点では、5' LTRと3' LTRは全く同一の配列を持っています。しかし時間が経過すると、突然変異の蓄積によって両者の配列に違いが生じます。この配列の違いの度合いを調べることで、そのレトロウイルスが宿主ゲノムにいつ頃挿入されたのかを推定することが可能です。ただし、遺伝子変換や相同組換えといった他の遺伝的イベントがこの年代推定の精度に影響を与える可能性があるため、注意が必要です。

結論

LTRは、レトロウイルスやレトロトランスポゾンの生活環において、ゲノムの宿主への組み込みから遺伝子発現の制御に至るまで、多岐にわたる重要な機能を持つDNA配列です。その複雑な構造と機能の理解は、ウイルス感染機構の解明や、ウイルスを用いた遺伝子治療ベクターの開発などにおいて基盤となる知識を提供しています。

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