開拓使官有物払下げ事件

開拓使官有物払下げ事件は、明治時代初期に、北海道開拓使の官有財産が不当に払い下げられようとした事件です。この事件は、明治政府内の権力闘争を浮き彫りにし、その後の政治体制に大きな影響を与えました。世論の激しい批判を浴び、払い下げは中止されましたが、この事件をきっかけに明治十四年の政変が起こり、大隈重信が政府から追放されるなど、明治の政治史における重要な転換点となりました。

事件の背景

1869年、北海道開拓のために開拓使が設置されました。開拓次官（後に長官）となった黒田清隆は、ロシアに対抗するため北海道の開拓を急務と考え、大規模な予算を投じて開拓事業を進める「開拓使十年計画」を策定しました。しかし、開拓事業は必ずしも順調に進まず、1882年に開拓使が廃止されることが決定すると、残された官有財産の払い下げが検討されるようになりました。

1880年、大隈重信の主導により「工場払下概則」が制定され、開拓使の官有財産の払い下げが具体的に動き始めました。五代友厚は貿易会社設立を計画し、大隈の同意を得て準備を進めていました。1881年には、伊藤博文、井上馨、大隈重信、黒田清隆ら政府要人が熱海に集まり、国会開設や財政問題などを議論する中で、開拓使の廃止問題が取り上げられました。黒田は開拓使の継続を主張しましたが、大隈は財政的に困難であるとしました。その結果、官有物の払い下げ方針が決定し、五代がその受け皿として名乗りを上げました。

同年7月、五代らが設立した関西貿易社は、開拓使に岩内炭鉱と厚岸山林の払い下げを申請しました。一方、開拓使の官僚たちは北海社を設立し、船舶、土地、建物など、総額1500万円相当の膨大な財産の払い下げを申請しました。しかし、北海社が提示した代金は38万7082円で、しかも無利息30年払いという破格の条件でした。

払い下げへの批判と情報リーク

1881年7月21日、黒田は閣議で払い下げを提議しましたが、左大臣有栖川宮熾仁親王や大隈は反対しました。しかし、閣議では払い下げが採択されました。ところが7月26日、『東京横浜毎日新聞』が払い下げに関する記事を掲載し、黒田が同郷の五代に利益供与を行っていると報道しました。この報道は国民の強い反発を呼び、各新聞は一斉に政府を批判しました。払い下げの不当性が明らかになると、太政大臣三条実美も難色を示し、黒田が強引に払い下げを遂行しようとしたことが、さらに批判を招きました。

払い下げの情報がどのように漏洩したのかは、今日まで明確になっていません。当時、三菱や大隈重信、福沢諭吉らの陰謀説が囁かれていました。三菱が情報リークに関与したという説や、五代自身が炭鉱の採算が取れないことを理由にリークしたという説もあります。伊藤博文は、大隈が関与したと確信していたとされています。

明治十四年の政変と払い下げの中止

払い下げ問題が世論の激しい批判を浴びる中、政府内では大隈の責任を追及する動きが強まりました。1881年10月、政府首脳は大隈の罷免、憲法制定と9年後の国会開設、そして払い下げの中止を決定しました。東京に戻った岩倉具視は、払い下げ中止には同意したものの、大隈の罷免には消極的でしたが、黒田や伊藤の強い働きかけにより同意しました。10月11日、大隈は閣議決定を伝えられ、辞職しました。翌10月12日、払い下げの中止と国会開設が公表され、事件は終息しました。

この事件は、大隈重信の失脚を招き、大隈派の官僚が大量に辞職する結果となりました。また、立憲改進党の設立を誘発し、その後の政党政治の発展に影響を与えました。一方で、薩摩閥の領袖であった黒田清隆の影響力は低下し、伊藤博文が政府の中心人物として台頭することとなりました。

その後の影響

開拓使は1882年2月に廃止され、北海道は函館県、札幌県、根室県に分割されました。この一連の政変は「明治十四年の政変」と呼ばれ、明治政府の権力構造に大きな変化をもたらしました。特に、伊藤博文が主導権を握り、議会開設の方向へと進んだことは、その後の日本の政治史において重要な出来事でした。

開拓使官有物払下げ事件は、単なる払い下げの不祥事ではなく、明治政府内部の権力闘争、そしてその後の政治体制に大きな影響を与えた事件として、歴史に深く刻まれています。

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