闘戦経

『闘戦経』の概要

『闘戦経』（とうせんきょう）は、平安時代末期に成立したと思われる日本の兵法書です。この書は、国内で現存する最古の兵法書として知られ、多くの防衛学の研究者にとって武士道や武士道精神の始まりとされています。『闘戦経』は、鎌倉幕府の御家人や文官御家人たちにとって重要な愛読書であったとされ、その内容は後の武士たちにも影響を与えました。

起源と著者

本書の起源に関しては、大江家の家宝に由来するという説が有力です。著者は大江家の一族であり、この一族は古代から朝廷の書物を管理し続けてきました。特に、鎌倉時代には源頼朝から実朝の三代にわたって兵法の師範として伝授してきたことが知られています。『闘戦経』自体は、長い時を経て一部が失われたことが記されており、著者は特定されてはいませんが、一般的には大江維時卿か大宰帥匡房卿の作品とされています。

本書は、武士や侍という言葉が用いられておらず、「兵」や「軍」と記されています。このことから、武家が未だ権威に対して従順であった時代に書かれたことが伺えます。また、全体として権威主義的な傾向があり、戦国期の下剋上の発想は見受けられません。これは、著作の成立が鎌倉期以前のものであることを示唆しています。

成立理由

『闘戦経』が成立した理由は、中国の兵法書『孫子』の思想が日本の国風に合わないと考えられたためだとされています。『孫子』が重視する知略や謀略の使い方が、このまま続けば国が危うくなると懸念されたため、精神面を強調する必要が生じました。これが『闘戦経』の制作につながったとされています。函に記された金文によると、「闘戦経は孫子と表裏す」とあり、両者の併用の重要性が示されています。

名称の由来

『闘戦経』の名称は、その序文にある通り、「闘戦全ての経なるもの」と記されていることから来ています。国内には「経」と呼ばれる兵法書が無かったため、この書が独特の存在であることを示しています。なお、序文は室町時代に書かれたものとされ、当時の大江家の当主が記したものと推察されています。

後世への影響

大江家は、鎌倉幕府の源氏に仕え、その後も兵法を伝授する役割を担いましたが、北条家の時代になると、その影響力は薄れました。その結果、より分かりやすい『孫子』や『呉子』が普及し、『闘戦経』を学ぶ者は限られた武家にとどまりました。その後、時親が兵法を地元の豪族に伝えることが増え、戦国期には彼の弟がこの書をより広く伝える活動を行いました。江戸時代には藩校で教えられるなど、その影響が続いていきました。

内容の概要

『闘戦経』は、精神や理念を中心に兵法を説き、軍事戦略に関する具体的な戦術論はほとんど記されていません。53章から成り、簡潔な文体で書かれているため、読み手に解釈を求める形式となっています。このため、後世に注釈本が作られることとなりました。

書の思想的特徴は、物事を二元的に区別するのではなく、一元的にまとめるべきと説いている点です。「これは一と為（な）し、かれは二と為す」という表現に見られるように、バランスを保つことの重要性を強調しています。著者は、自然の摂理を基にした哲学を展開し、心の持ち方や行動の大切さを諭しています。全体として『闘戦経』は、武士道の精神を基にした兵法として位置づけられ、その資料価値は高いとされています。

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