阿曇磯良

阿曇磯良：海神と神功皇后、そして各地に伝わる神楽の物語

阿曇磯良（あづみのいそら）は、神道における重要な海神です。安曇氏（あづみうじ）の祖神とされ、阿度部磯良（あとべのいそら）や磯武良（いそたけら）といった異名でも知られています。中世の伝説では、神楽の誘いに応じて海中から現れ、神功皇后（じんぐうこうごう）に竜宮の珠を与えたと伝えられています。

古代の記録と伝承

『八幡愚童訓』（はちまんぐどうくん）という石清水八幡宮の縁起には、「安曇磯良と申す志賀海大明神」との記述があり、かつては福岡市の志賀海神社の祭神であったとされています（現在は綿津見三神を祀っています）。志賀海神社は古代からの創建で、阿曇氏が祭祀を司ってきたと伝えられています。

「磯」と「渚」が共に海岸を指すことから、阿曇磯良は豊玉毘売命（とよたまひめのみこと）の子で、日子波限建（ヒコナギサタケ）と同神であるとする説もあります。『八幡愚童訓』では、春日大社に祀られる天児屋根命（あめのこやねのみこと）と同神であるとも記されています。また、「阿曇磯良丸」と呼ばれることもあり、船の名前に「丸」をつけるのはこれに由来するという説も存在します。宮中に伝わる神楽「阿知女作法（あちめさくほう）」の「阿知女」は、阿曇氏または阿度部氏を指すと考えられています。

神功皇后と三韓出兵

『太平記』には、阿度部磯良の出現に関する興味深い記述があります。神功皇后が三韓出兵の際に諸神を招いた際、阿度部磯良は、自身の容姿（アワビやカキが付着した醜い姿）を恥じて現れなかったとされています。そこで住吉神が海中に舞台を設け、磯良好みの舞を奏することで誘い出したというのです。現れた磯良は、竜宮から潮を操る霊力を持つ潮盈珠（しおみちるたま）と潮乾珠（しおひさるたま）を皇后に献上し、そのおかげで三韓出兵は成功したと伝えられています。

志賀海神社の社伝でも、神功皇后が三韓出兵の際に海路の安全を阿曇磯良に求め、協力を得て庇護されたと記されています。北九州市の関門海峡に面する和布刈神社は、三韓出兵からの帰途、阿曇磯良の奇魂・幸魂を鎮めたことに由来すると伝えられています。海神が干満の珠を神功皇后に献上するという伝説は広く見られ、京都祇園祭の船鉾もこの物語を人形で表現しています。

磯良神楽と各地の伝承

阿曇磯良の伝説を基にした神楽が各地に伝わっています。志賀海神社では、旧暦9月の神幸祭・国土祭で「磯良の舞」（「羯鼓の舞」）が奉納されます。この舞は、民俗学的に貴重な神事で、福岡県の県指定有形民俗文化財に指定されています。歌詞が君が代の起源であるとする説もあります。

福岡県大川市の風浪宮、糸島市の高祖神社（高祖神楽）、那珂川市の岩戸神楽などでも磯良の舞の伝承が見られます。奈良春日大社でも磯良は祀られており、春日若宮おん祭で「細男（せいのう）」と呼ばれる磯良の舞が奉納されます。これは、筑紫の浜で老人から聞いた神託に従い、神功皇后が舞を奉納した際、貝殻の付いた顔を白布で隠した磯良が現れたという物語を表現したものです。白布の覆面姿の男たちが舞う様は独特です。「細男」は平安期の記録にも見られ、滑稽な物真似のような猿楽の一種であったと推測されています。大分県中津市の古要神社や福岡県吉富町の八幡古表神社でも、操り人形による同様の舞が伝承されています。

磯良を祀る神社

阿曇磯良を祀る神社は全国各地に点在しており、その信仰の広がりを示しています。主な神社として、志賀海神社、風浪宮、綿津見神社、和布刈神社、磯良神社（茨木市、色麻町）などが挙げられます。これらの神社は、それぞれ独自の伝承や祭祀をもち、阿曇磯良信仰の多様性を示しています。

阿曇磯良は、単なる海神を超えた存在として、古来より人々の信仰を集め、各地の文化や伝承に深く根付いています。その神秘的な魅力は、これからも人々を魅了し続けることでしょう。

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