陳志堅

陳志堅（Zhijian James Chen）

陳志堅（ちんしけん、中国語名：陈志坚、拼音: Chén Zhìjiān、英語名：Zhijian James Chen）は、1966年 1月1日に中国福建省泉州市安渓県に生まれた、現代を代表する中国系アメリカ人の生化学者・免疫学者です。細胞が病原体の侵入をどのように感知し、免疫応答を開始するのかという、自然免疫の根幹に関わるメカニズムの解明に多大な貢献をしました。特に、病原体由来のDNAを検知し、強力な免疫反応を引き起こす鍵となる酵素、サイクリックGMP-AMP合成酵素（cGAS）の発見は、この分野の研究を一変させるほど重要な業績とされています。

略歴

陳志堅氏は、自身の学術的探求の旅を故郷である中国で始め、1985年に福建師範大学を卒業しました。その後、アメリカ合衆国へと渡り、高度な研究の世界へと足を踏み入れます。1991年には、ニューヨーク州立大学バッファロー校にて生化学の博士号（Ph.D.）を取得し、専門的な知識と技術を確立しました。博士号取得後は、生命科学分野で世界的に名高いソーク研究所で博士研究員として研鑽を積み、次世代の研究者としての基盤を築きました。アカデミアでの経験に加えて、カリフォルニア州やマサチューセッツ州に所在する複数のバイオテクノロジー企業で研究員として勤務し、産業界での実践的な経験も積みました。これらの多様な経験を経て、1997年からテキサス大学サウスウェスタン医療センターの教授に就任し、自身の独立した研究室を主宰するようになりました。彼の研究の卓越性は広く認められ、2005年からは、アメリカの生物医学研究を支援する権威ある組織であるハワード・ヒューズ医学研究所（Howard Hughes Medical Institute, HHMI）の研究員としても招聘され、活動の幅をさらに広げています。現在も、テキサス大学サウスウェスタン医療センターを拠点に、精力的な研究活動と後進の指導にあたっています。

主要な研究成果：cGASの発見

陳氏の科学者としてのキャリアにおける最も記念碑的な業績は、2012年に彼とその研究チームによって成し遂げられたサイクリックGMP-AMP合成酵素（cGAS）の発見です。この酵素は、細胞の内部、特に細胞質内に存在する異質な二本鎖DNAを認識するセンサーとして機能します。ウイルスや細菌などが細胞に感染した際に細胞質に放出される病原体由来のDNAや、特定の状況下で細胞核やミトコンドリアから漏れ出した自己のDNA（損傷DNAや異常なDNA）にcGASが結合すると、その酵素活性が劇的に向上します。活性化したcGASは、ATPとGTPという二つのヌクレオチドを基質として、ユニークな構造を持つ環状のジヌクレオチドであるサイクリックGMP-AMP（cGAMP）を合成します。このcGAMPがセカンドメッセンジャーとして機能し、次に細胞内の小胞体膜に存在する別の重要な分子であるSTING（Stimulator of Interferon Genes）に結合し、これを活性化させます。STINGの活性化は、下流のシグナル伝達経路を介して、I型インターフェロンをはじめとする様々な炎症性サイトカインやケモカインの産生を強力に誘導します。これらの分子は、ウイルス感染細胞を排除したり、免疫細胞を呼び寄せたりするなど、効果的な自然免疫応答を引き起こし、病原体の排除や感染拡大の抑制に不可欠な役割を果たします。cGAS-STING経路の発見は、細胞が自身の細胞質に存在するDNAをいかにして「異物」と認識し、炎症や免疫応答を誘導するのかという根本的なメカニズムを解き明かし、自然免疫、炎症、自己免疫疾患、そしてがん免疫といった広範な医学・生物学分野の研究に新たな道筋を示しました。この経路は現在、これらの疾患に対する新しい治療戦略を開発する上で、最も注目されている標的の一つとなっています。

受賞歴と栄誉

陳志堅氏の先駆的な研究、特にcGASの発見とその後の関連研究は、世界中の科学コミュニティから絶大な評価を受けており、数多くの権威ある賞を受賞しています。cGAS発見が発表された翌年の2012年には、米国科学アカデミー賞分子生物学部門という重要な賞を受賞しました。その後も、彼の業績に対する評価は高まり続け、生命科学分野で世界最高峰の栄誉とされる生命科学ブレークスルー賞（2019年）を受賞しました。さらに、感染症研究における卓越した貢献に贈られるウィリアム・コーリー賞（2020年）、コロンビア大学が授与する生物医学研究の重要な賞であるルイザ・グロス・ホロウィッツ賞（2023年）を受賞しています。そして、2024年には医学研究においてノーベル賞に次ぐ権威を持つとされるアルバート・ラスカー基礎医学研究賞（基礎医学研究部門）を受賞し、その科学的貢献の大きさが改めて世界に示されました。また、2025年には、感染症や免疫学の分野で欧州最高峰とされるパウル・エールリッヒ&ルートヴィヒ・ダルムシュテッター賞の受賞も決定しており、彼の研究が国境を越えて医学の進歩に寄与していることが証明されています。これらの連続した、そして極めて権威ある賞の受賞歴は、陳氏の研究が基礎医学および生命科学全体に与えた根本的な影響力と、その世界的なリーダーシップを明確に物語っています。

陳志堅氏の研究は、自然免疫システムの基本的な理解を飛躍的に深め、感染症、炎症、自己免疫疾患、がんといった人類が直面する主要な病気に対する新たな診断法や治療法の開発に多大な希望をもたらしています。彼の発見したcGAS-STING経路は、現在も世界中の研究室で活発に研究されており、医学の未来に貢献し続けています。

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