陶片追放

陶片追放：古代アテナイの民主主義と権力闘争

古代アテナイにおいて、僭主政治の防止を目的として実施された制度に「陶片追放（オストラキスモス）」があります。これは、市民が潜在的な僭主となる人物を投票で国外追放する仕組みで、英語のostracismの語源にもなっています。日本の村八分にも似た、集団からの追放を意味する広義の解釈も存在します。

導入と目的

一般的には、僭主ヒッピアスを追放したクレイステネスが紀元前508年頃に制定したとされていますが、最初の執行は紀元前487年頃という説も有力です。教科書的な説明では僭主の出現防止が目的とされていますが、近年の研究では、激しい貴族間の抗争を平和的に解決するための手段という見方が強まっています。

前古典期のアテナイは、貴族同士の抗争が絶えず、クーデターや集団亡命が繰り返される状態でした。権力を握った貴族は、国外に逃れたライバルの復讐に怯え、不安定な政治状況が続いていました。陶片追放は、こうした状況を打破するために考案された制度と言えるでしょう。一族全員ではなく、一人だけを追放するという緩やかな処罰によって、抗争の連鎖を断ち切ろうとしたのです。

制度と運用

陶片追放は、毎年民会で実施の可否が投票され、実施が決まると約二ヶ月後に投票が行われました。市民は、僭主の恐れのある人物の名前を陶片（オストラコン）に書き込み、投票しました。代筆が認められていたため、文字の読み書きができない市民も投票に参加できました。6000票以上の得票者、または投票総数が6000票を超えた場合の最多得票者が10年間の国外追放を命じられました。ただし、追放者は犯罪者扱いされず、家族や財産も没収されませんでした。追放期間後には政治活動を再開することも可能であり、アテナイと友好関係にある都市から財産を引き出すことも許されていました。有事の際には、追放期間中であっても呼び戻されることもありました。

実際には、陶片追放が執行されたケースは10件程度に過ぎません。

対象者

陶片追放の対象となった人物には、ヒッパルコス、メガクレス、クレイステネス、カリクセノス、クサンティッポス、アリスティデス、テミストクレス、キモン、メノン、トゥキディデス、カリアス、ダモン、ヒュペルボロスなどがいます。特にテミストクレスは、サラミスの海戦で活躍した英雄でありながら、陶片追放によって追放されたことで知られています。

ヒュペルボロスの追放は、陶片追放制度の終焉を示唆する出来事でした。紀元前418年のマンティネイアの戦いの後、政治的混乱の中で、アルキビアデスとニキアスは、ヒュペルボロスを排除することで協力関係を築きました。この出来事の後、陶片追放は廃止され、「違法提案に対する公訴」という制度に置き換えられました。

制度の功罪

陶片追放は、貴族間の抗争を抑制し、民主制の安定に貢献した側面があります。しかし、政争の道具として利用され、有能な政治家が追放されることもありました。理性的な弾劾裁判制度が整備されたことで、弊害が目立つようになり、紀元前5世紀末には廃止されました。

まとめ

陶片追放は、古代アテナイの民主政治と権力闘争を理解する上で重要な制度です。その導入背景、運用方法、対象者、そして廃止に至る経緯を詳細に検討することで、古代アテナイ社会の複雑な政治構造の一端を垣間見ることができます。この制度は、民主主義の維持と貴族間の抗争抑制という相反する目的の間で揺れ動き、最終的には制度の限界を示す結果となりました。

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