隅田川関屋の里

葛飾北斎の代表作として知られる『冨嶽三十六景』は、全46図からなる名所浮世絵揃物です。その中の1枚である「隅田川関屋の里」は、現在東京都足立区千住曙町にあたる、かつての関屋の里から望む富士山の情景を描いています。

この作品では、菅笠をかぶり旅装束を身につけた三人の武士が、馬を駆って土手を疾走する様子がダイナミックに描かれています。彼らの躍動感あふれる姿は、北斎の卓越した描写力によって生き生きと表現され、見る者にスピード感と活気を伝えます。北斎は、この人馬の動きの表現について、『北斎漫画』などでも研究しており、本作における疾走感を強調した構図は、長年の考察の成果と言えるでしょう。

背景には、朝焼けに染まった赤富士が聳え立ちます。早朝特有のせわしなさや、力強い生命力といったものが、赤富士の鮮やかな色彩と、人馬の動きの組み合わせによって効果的に表現されています。富士山の雄大な姿と、人馬のダイナミックな動きとの対比が、この作品に独特の緊張感と魅力を与えています。

画題の具体的な場所は、斎藤月岑の『江戸名所図会』の「関屋天満宮」の記述と照らし合わせることで、元和2年(1616年)に石出吉胤が築いた堤防（掃部堤）ではないかという説が有力です。また、絵の下部に描かれた高札場は、千住宿に存在したことが記録に残っていますが、絵の中の周囲の状況とは一致しないため、北斎による演出の可能性が高いと考えられています。

現在、牛田駅に隣接するプチテラスには、この「隅田川関屋の里」をモチーフにしたマンホールやタイル絵などが、他の『冨嶽三十六景』の作品とともに展示されており、地域住民や観光客に親しまれています。これらの作品は、北斎が描いた風景を現代に蘇らせ、人々に新たな感動を与え続けています。

北斎は、単なる風景描写にとどまらず、人々の生活や動き、そして自然の雄大さを巧みに融合させることで、見る者に深い印象を与えています。「隅田川関屋の里」は、北斎の芸術性と、当時の江戸の活気ある情景を伝える貴重な作品であり、日本の浮世絵史において重要な位置を占めていると言えるでしょう。

この作品についてより深く理解するためには、『北斎　冨嶽三十六景の旅　天才絵師が描いた風景を歩く』(安村敏信著、平凡社)、『富嶽三十六景』(日野原健司著、岩波書店)、『北斎の風景・風俗版画』(磯崎康彦著、『福島大学人間発達文化学類論集』)、『版画芸術』203巻(阿部出版)などの文献を参照すると良いでしょう。これらの文献は、それぞれの観点から『冨嶽三十六景』、ひいては「隅田川関屋の里」の魅力を詳細に解説しています。

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