青年日本号

青年日本号とは

青年日本号は、石川島飛行機製作所が製造した練習機R-3をベースに、長距離飛行向けに改造された複葉プロペラ機です。1931年（昭和6年）に法政大学航空研究会が、日本学生航空連盟を代表して実施した日本初の学生によるヨーロッパ訪問飛行に用いられました。この飛行は、地図と羅針盤のみを頼りに有視界飛行で行われ、東京からローマまで、ユーラシア大陸の主要都市を経由しながら、約3ヶ月の期間と13,671kmの距離をかけて達成されました。

機体の名称は、法政大学の校歌にある「青年日本の代表者」という一節に由来しています。この挑戦は、当時の日本の若者の情熱と航空技術の進歩を示す象徴的な出来事となりました。

飛行ルート

青年日本号は、以下の主要都市を経由してローマを目指しました。出発地である東京から、朝鮮半島の京城、満州の奉天やハルビン、シベリアのイルクーツク、モスクワ、ベルリン、ブリュッセル、ロンドン、パリ、リヨン、マルセイユなどを経て、最終目的地であるローマに到着しました。

第一航程

5月29日: 東京 → 大阪
5月30日: 大阪 → 蔚山 → 京城
5月31日: 京城 → 奉天 → ハルビン
6月2日: ハルビン → チチハル → 満州里
6月3日: 満州里 → チタ
6月4日: チタ → イルクーツク

第二航程

6月19日: イルクーツク → ニシュネウジンスク → クラスノヤルスク
6月20日: クラスノヤルスク → ノボシビルスク
6月22日: ノボシビルスク → オムスク → クルガン
6月24日: クルガン → クラスノフイムスク
6月25日: クラスノフイムスク → カザン
6月26日: カザン → ゴロホヴェツ

第三航程

7月21日: モスクワ → デューナブルク（現・ダウガフピルス）
7月23日: デューナブルク → ケーニヒスベルク
7月25日: ケーニヒスベルク → ベルリン
7月30日: ベルリン → ブリュッセル
8月1日: ブリュッセル → ロンドン
8月10日: ロンドン → リム → パリ
8月23日: パリ → ヴェルモントン → リヨン
8月30日: リヨン → マルセイユ
8月31日: マルセイユ → ピサ → ローマ

飛行記録の詳細

総飛行距離: 13,671km
総所要日数: 95日
総飛行日数: 21日
総飛行時間: 125時間15分
滞在日数: 76日
着陸地総計: 29箇所
不時着回数: 2回（ゴロホヴェツ、ヴェルモントン）
出発飛行場への引き返し: 2回（イルクーツク、リヨン）
事故による滞在地と滞在日数: イルクーツク（15日）、モスクワ（25日）、リヨン（7日）
* 予定外の着陸地: リム（税関手続きのため50分滞在）、ピサ（給油のため2時間17分滞在）

法政大学航空研究会の設立

青年日本号の誕生と学生訪欧飛行計画は、法政大学航空研究会の設立が大きく影響しています。同研究会は、学生の前田岩夫と中野勝義が中心となり、日本初の学生航空団体として発足しました。前田は自家用飛行機と飛行士免許を所持しており、中野は学友会委員として設立に尽力しました。卒業後も二人は、航空業界で活躍し、学生訪欧飛行計画を陰で支えました。

研究会は1929年（昭和4年）7月5日に発会式を開催し、作家の内田百閒が会長に就任。内田は当初、飛行機に特別な関心はなかったものの、次第にその魅力に取り憑かれ、航空研究会の運営に尽力しました。

航空行政と支援

内田百閒は、航空行政を管轄する逓信省航空局と交渉し、練習機の払い下げや飛行場の利用許可を取り付けました。陸軍や海軍の要人とも関係を築き、支援を取り付けました。また、朝日新聞社の後援も得て、練習機や飛行場の使用許可を得ました。これらの支援が、学生による航空活動の実現に大きく貢献しました。

学生訪欧飛行計画の発表

1930年（昭和5年）10月23日、法政大学航空研究会は日本学生航空連盟を代表し、東京朝日新聞社後援による訪欧飛行計画を発表しました。この計画には、教官として熊川良太郎が参加し、学生操縦士の指導にあたりました。熊川は、日本の若者の意気と熱を世界に示し、国際親善に貢献することを目的としていました。

機種の選定と改造

訪欧飛行に使用する機体として、石川島飛行機製作所製のR-3型練習機が選ばれました。この機体は、長距離飛行に耐えられるように改造されました。ガソリンタンクや滑油タンクの増設、計器盤の改良、荷物格納スペースの設置、座席のスプリングの改良などが行われました。しかし、改造によって重量が増加し、発動機の能力不足も課題として残りました。

正操縦士の選定と育成

正操縦士には、法政大学経済学部1年生の栗村盛孝が選ばれました。栗村は単独飛行の経験はあったものの、国外飛行に必要な2等飛行士の免許を取得していませんでした。そのため、出発までの約2ヶ月間、集中的な訓練が行われました。教官の熊川は、毎日5時に起床し、訓練指導や機体の整備に奔走しました。栗村は厳しい訓練に耐え、免許を取得し、訪欧飛行に挑みました。

出発とローマ到着

1931年5月29日、青年日本号は羽田の東京飛行場を離陸し、ヨーロッパを目指しました。約3ヶ月の飛行を経て、8月31日にローマのリットリオ飛行場に到着。飛行中には、発動機の故障や天候不良による不時着も経験しましたが、無事に目的を達成しました。ローマでは、多くの人々から熱烈な歓迎を受けました。

ローマでの滞在

ローマ到着後、栗村と熊川は、ローマ教皇ピウス11世に謁見し、ムッソリーニ首相とも会見しました。また、ローマ市内外の観光地を巡り、イタリアの文化に触れました。彼らは、ローマ大学から名誉学生の称号を授与されるなど、多くの人々と交流しました。

帰国

9月6日、栗村と熊川はローマを離れ、ナポリ港から鹿島丸に乗船し、10月に帰国の途につきました。彼らの偉業は、日本の航空史に大きな足跡を残しました。青年日本号の飛行は、学生の熱意と挑戦を象徴する出来事として、今も語り継がれています。

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