非メバロン酸経路

非メバロン酸経路（ひメバロンさんけいろ）

概要

非メバロン酸経路は、多くの生物にとって不可欠な化合物であるイソプレノイド（またはテルペノイドとも呼ばれる）の生合成において、その基盤となるイソペンテニル二リン酸（IPP）とジメチルアリル二リン酸（DMAPP）を作り出す代謝ルートの一つです。生物はIPPとDMAPPを合成するために、この非メバロン酸経路と、もう一つの主要な経路であるメバロン酸経路のいずれか、あるいは両方を利用しています。この経路は、代謝の過程で特定の有機リン酸化合物、具体的には2-C-メチル-D-エリトリトール-4-リン酸（MEP）や1-デオキシ-D-キシルロース-5-リン酸（DXPまたはDOXP）を経由することから、MEP経路、DXP経路、あるいはこれらの名称を組み合わせたMEP/DOXP経路とも呼ばれます。また、発見者によってローマー回路と呼ばれることもあります。

生物における分布

この非メバロン酸経路は、生物界全体に広く分布しているわけではありません。主に多くの種類の細菌で機能しています。驚くべきことに、光合成を行う特定の真核生物が持つ葉緑体の中にもこの経路が存在します。これは、太古の昔にシアノバクテリア（光合成を行う細菌）が細胞内に取り込まれ、それが葉緑体へと進化した「細胞内共生」の歴史を反映していると考えられています。取り込まれたシアノバクテリアが持っていた非メバロン酸経路が、葉緑体内に保持され続けているのです。さらに、マラリアなどを引き起こすアピコンプレックス門に属する一部の原生動物もこの経路を持っています。一方で、光合成を行わないほとんどの真核生物や、光合成真核生物の細胞質では、非メバロン酸経路ではなくメバロン酸経路がIPPとDMAPPの合成に用いられています。古細菌においては、これまでのところ非メバロン酸経路の存在は確認されていません。

生合成される物質の重要性

非メバロン酸経路によって合成されるIPPとDMAPPは、生命活動において極めて重要な役割を果たす分子です。これらは、様々な種類のイソプレノイド化合物の出発点となります。イソプレノイドは非常に多様な構造と機能を持つ分子群であり、例えば、細胞膜の構成成分を調整したり、タンパク質にプレニル基を付加するプレニル化に関わったりします。また、ホルモンや脂質に結合してタンパク質を細胞膜に固定する役割を持つ脂質固定タンパク質の材料となったり、特定の種類の糖鎖付加（N-グリコシル化）に必要な中間体を形成したりと、多岐にわたる生合成経路や生理機能に関与しています。したがって、この経路の働きは生物の生存と機能維持にとって不可欠です。

メバロン酸経路との関連性

非メバロン酸経路は、IPPとDMAPPを合成するという点でメバロン酸経路と共通していますが、代謝中間体や関わる酵素は大きく異なり、両経路にはほとんど共通点が見られません。しかし、例外的に、非メバロン酸経路で働く酵素の一つである4-ジホスホシチジル-2-C-メチル-D-エリトリトールキナーゼ（IspE）は、メバロン酸経路に含まれるメバロン酸キナーゼなど、いくつかの酵素と構造的に類似しており、同じGHMP酵素ファミリーに分類されています。

医学分野への示唆

非メバロン酸経路は、人間には存在せず、特定の病原性細菌やマラリア原虫などの寄生生物が持つ経路であることから、医薬品開発の魅力的な標的となっています。例えば、ホスミドマイシンという薬剤は、この経路における鍵となる酵素の一つ、DXPレダクトイソメラーゼの働きを特異的に阻害することが知られています。この阻害作用により、病原体のイソプレノイド合成を停止させることが可能となり、新たな抗生物質や抗マラリア薬の候補としてその可能性が研究されています。

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