非市場経済

非市場経済：市場メカニズムを超えた経済システム

非市場経済とは、市場メカニズムではなく、社会慣習や制度に基づいて経済活動が行われる経済形態です。市場での需給関係による価格決定ではなく、社会的な関係性や慣習によって資源配分や物資の交換が行われます。歴史上多くの社会において見られ、現代社会にもその痕跡が残っています。

非市場経済を特徴づける制度

非市場経済では、互酬性や再配分といった制度が中心的な役割を果たします。これらの制度は、親族関係や宗教、社会慣習といった文化的背景と深く結びついており、経済活動とは別に捉えられない場合も多いです。

例えば、土地の所有や管理、労働の分担、仕事の組織、相続といった社会関係が、経済活動を規定する重要な要素となります。特に、親族関係は複雑になりがちで、政治や経済組織と明確に分離した社会では、より単純化される傾向が見られます。トロブリアンド諸島の「クラ」や、太平洋岸北西部の「ポトラッチ」といった伝統的な社会構造は、こうした非市場経済の具体的な例として挙げられます。

貨幣、交易、市場の特殊性

非市場経済における貨幣、交易、市場は、市場経済とは大きく異なる特徴を示します。

貨幣: 非市場経済における貨幣は、必ずしも市場経済のような汎用的なものではありません。貨幣の種類や用途が身分や状況によって異なり、共同体内部と外部で異なる貨幣が使われることもありました。文字を持った社会が出現するまで、現代的な意味での貨幣は存在しませんでした。

交易: 共同体内部への影響を最小限に抑えながら外部との交易を行うための工夫が見られます。沈黙交易や交易港の管理といった制度が用いられた例もあります。交易の主体は首長であったり、共同体の全構成員であったり、特定の身分を持つ商人であったり、社会構造によって多様な形態が見られます。身分型商人の収入は、共同体によって保障される場合もありました。

市場: 非市場経済の市場は、市場経済のような自己調整的な価格形成メカニズムを持っていません。対外市場と共同体内部の地域市場に分けられ、対外市場は外部からの物資獲得、地域市場は共同体内部での食糧配分などを担っていました。地域市場はさらに、物資を集めて中央で分配する形態（灌漑型国家に見られる）と、地域で生産された食糧を販売する形態（古代ギリシアの小農経済や叢林型経済に見られる）に分けられます。古代ギリシアでは、アゴラ（国内市場）とエンポリウム（国外市場）がそれぞれ異なる機能を持っていました。また、古代メソポタミアのタムカルム、古代ギリシアのアゴラにいるカペーロスとエンポリウムにいるエンポロス、アステカのポチテカなどは、大規模な共同体で交易や市場に関わった人々の例です。

非市場経済における等価

市場経済における価格形成メカニズムがないため、非市場経済では、慣習や法によって等価が決定されます。税の支払い、配給、誓約の履行など、様々な場面で財の交換が行われ、その際の等価関係は、代替可能な財の比率に基づいて決定されます。利得、利潤、賃金、地代といった現代経済における概念も、非市場経済における等価概念の中に含まれます。重要なのは、私的な利益追求ではなく、社会全体の公平性を維持することです。カール・ポランニーは、バビロニアの農民と宮殿間の行政的交換、ハムラビ法典、現物取引、聖書の記述などを、非市場経済における等価の例として挙げています。

非市場経済における競争

市場メカニズムに基づく競争は存在しませんが、社会的地位、社会的権利、社会的資産を得るための競争は活発に行われます。個人主義や私的財産は、積極的に避けられる傾向があります。

非市場経済研究の現状

非市場経済の研究には、経済人類学、歴史学、文化人類学といった学問分野が関わっています。カール・ビュッヒャー、カール・ポランニー、フェリックス・ショムロー、リヒャルト・トゥルンヴァルト、フィリップ・ジェイムズ・ハミルトン・グリァスン、ブロニスワフ・マリノフスキ、マルセル・モース、モーゼス・フィンリー、マーシャル・サーリンズといった研究者たちが、この分野に貢献してきました。歴史学的研究では、ヘロドトス、ヘシオドス、アリストテレス、イブン・バットゥータといった古代・中世の文献が重要な資料となります。近年では、ソフトウェア開発との関連性についても指摘されています。

参考文献

本稿では、多くの学術書や古典文献を参照しています。詳細は本文中に記載されている参考文献リストを参照ください。

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