鞆の浦鯛しばり網漁法

鞆の浦鯛しばり網漁法

広島県福山市の風光明媚な港町、鞆の浦に伝わる「鞆の浦鯛しばり網漁法」は、「鞆の鯛網」あるいは「観光鯛網」とも呼ばれる歴史ある漁法です。かつては春の産卵期に集まる鯛を獲るための主要な漁業でしたが、現在では漁業としては行われておらず、福山市指定無形民俗文化財として、毎年5月に仙酔島田の浦海岸を拠点に観光客向けの実演行事「観光鯛網」として継承されています。

伝統漁法の起源

この独自の巻き網漁法は、江戸時代初頭、村上水軍の流れを汲む網元・村上太郎兵衛義光が中心となり開発されたと伝えられています。鞆の当納屋忠兵衛も協力したという説もあります。それまで鞆で行われていた地引き網などから、沖合の鯛群を能動的に獲る漁法への転換を目指し、讃岐国の漁法などを参考に改良が加えられました。備後福山藩の指示で走島に入植し漁業権を得た村上義光は、この新漁法開発を主導する立場でした。

寛永年間（1630年頃）に「沖しばり網」として確立された漁法は、効率的に大量の鯛を獲れる点が優れており、漁獲量は飛躍的に増加しました。

漁法の実践

鞆の浦の鯛しばり網は、「沖しばり網」と呼ばれる大規模な巻き網漁です。複数の船で船団を組み、多数の漁師が携わりました。船団は、動力を持たない2隻の親船（真網・逆網）、親船を牽引する2隻の錨船、獲物を運ぶ生船、指揮船などで構成されました。

使用する網は長さ約1,500m、深さ約100mに及ぶ巨大なもので、大引網、手網、袋網の3つの部分からなります。指揮船が鯛の群れを発見すると合図を出し、2隻の親船が魚群を囲むように網を円状に下ろします。その後、船上の漁師たちが「エットー、エットー、ヨーイヤサンジャー」という掛け声と共に網を手繰り寄せ、円を狭めながら鯛を袋網へと追い込んで捕獲します。

観光鯛網として現代へ

漁業としての鯛網は昭和30年代に終焉を迎えましたが、その技術と伝統は「観光鯛網」として継承されています。観光目的の鯛網が始まったのは大正12年（1923年）です。地元では、当時の漁法がそのままの形で伝えられているのはここだけだと誇りにしています。

現在の観光鯛網は毎年5月、仙酔島田の浦海岸を拠点に実施されます。期間中は平日午後に1回、日曜・祝日には午前と午後にそれぞれ1回行われます。所要時間は約2時間で、有料の観覧券には鞆から仙酔島への渡航費が含まれます。

観光鯛網は、網下ろしの祝いや大漁祈願から始まり、樽太鼓の演奏や「鯛網大漁節」、乙姫による「弁天竜宮の舞」が披露されます。その後、観覧客は観覧船に乗り込み出港。「漕出式」と呼ばれる儀式を行い、漁場へ向かいます。沖合での鯛網開始後、観覧船は親船に近づき、迫力ある漁の様子を間近で見学できます。希望者は親船上で獲れたての鯛を直接購入することも可能です（別途費用）。実演終了後は、鞆周辺をクルージングして帰港します。

歴史的背景と伝承

鞆の浦で鯛しばり網漁法が発展した背景には、有力な網元の存在や、他地域の漁法を取り入れる試みがありました。紀州塩津浦のしばり網漁がルーツであるという新説も提唱されています。この漁法は、優れた船大工や網作り技術の発展にも貢献しました。

江戸時代後期には既に観覧船が出ていた記録があり、明治期には漁師による網元組織が運営の中心となりました。しかし、近代化による港の衰退を受け、鞆町は観光振興に力を入れ、大正12年に観光鯛網を開始しました。当時の町長・横山運次や実業家・森下博の尽力により成功を収め、大正15年の摂政宮台覧で全国的な知名度を高めました。

戦時中の中断を経て昭和24年に再開され、今日に至ります。平成27年には福山市の無形民俗文化財に指定され、伝統の継承に向けた取り組みが進められています。

鞆の浦鯛しばり網漁法は、時代の変化と共に形を変えながらも、地域に根差した伝統と文化を今に伝え、春の風物詩として鞆の浦の魅力を発信し続けています。

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