順世派

順世派（じゅんせいは）―古代インドの唯物論と快楽主義

紀元前6世紀頃、古代インドにおいて隆盛を極めた仏教と同時代、独自の哲学体系を打ち立てた思想家たちがいました。その中に、順世派（じゅんせいは）、あるいはローカーヤタ（Lokāyata）と呼ばれる唯物論的な学派があります。漢訳仏典では「順世外道」と記され、後世にはチャールヴァーカ（Cārvāka）とも呼ばれるようになります。

順世派の思想の中核を担ったのは、アジタ・ケーサカンバリンという人物です。彼は、地、水、火、風の四元素説を基盤とした唯物論を展開しました。この世界は、これらの四元素の組み合わせと分離によって成り立っており、霊魂といった非物質的な実体は存在しないと主張しました。

この思想は、当時のインド社会で中心的な役割を担っていたバラモン教の考え方を根本から覆すものでした。バラモン教では、アートマン（ātman、我、真我）と呼ばれる不滅の霊魂の存在が信じられ、業（karma、カルマ）の法則に基づいた輪廻転生が説かれていました。善行は来世での幸福を、悪行は不幸をもたらすと考えられていたのです。

しかし、アジタ・ケーサカンバリンは、こうした考え方を完全に否定しました。霊魂も来世もなく、業の報いも存在しない。そのため、道徳や宗教は不要であり、人間は生得的な目的や守るべき規範を持たないと主張したのです。これは、伝統的な共同体倫理や社会秩序を根底から揺るがす挑戦的な思想でした。

順世派の思想は、単なる無神論にとどまりません。彼らは、精神現象を物質的なものとして説明しようとしたのです。具体的には、「Bhūtacaitanyavāda（元素が精神的なものになるという論）」と呼ばれる考え方を持ち、非精神的な物質である諸元素（bhūta）が有機的な肉体の形になると精神現象が生じると主張しました。つまり、精神は物質の所産であり、独立した存在ではないという考えです。

順世派の思想は、マウリヤ朝の宰相として知られるカウティリヤの『実利論』にも言及されています。同書には、「哲学はサーンキヤとヨーガと順世派（ローカーヤタ）とである」という記述があり、当時、順世派が主要な哲学思想の一つとして認識されていたことがわかります。

順世派は、快楽主義的な側面も持ち合わせていました。彼らは、今この世での幸福を追求することを重視し、来世や死後の世界を考慮する必要はないと考えていました。これは、苦行や禁欲を重んじる他の宗教や哲学とは対照的な考え方です。

順世派の思想は、古代インドの思想史において特異な位置を占めています。霊魂不滅や来世といった概念を否定し、唯物論的な立場から世界を解釈しようとしたその試みは、現代の科学的な思考にも通じるものがあります。一方で、道徳や宗教を否定したその主張は、社会秩序維持の観点から批判の対象にもなりました。

現代においても、順世派の思想は、哲学、宗教、倫理学など多方面にわたって研究され、議論の的となっています。その思想が及ぼした影響、そして現代社会における意義を理解することは、古代インドの思想史を理解する上で非常に重要です。

参考文献

ミルチア・エリアーデ著、島田裕巳訳 『世界宗教史3 ゴータマ・ブッダからキリスト教の興隆まで（上）』　筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2000年5月
辛島昇、前田専学、江島惠教ら監修 『南アジアを知る事典』 平凡社、1992年10月

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