風流夢譚

『風流夢譚』は、深沢七郎が1960年に発表した短編小説です。中央公論12月号に掲載されましたが、その内容は発表当初から大きな波紋を呼びました。物語は、主人公が見る奇妙な夢を軸に進みます。

物語の舞台は、革命らしき騒動が起こる東京です。主人公は、朝になると動き出す不思議な腕時計を持っています。ある夜、彼は「あの夢」を見ます。その夢の中で、主人公は井の頭線の渋谷行きに乗り、満員の乗客から都内で暴動が起きているというニュースを聞きます。渋谷駅で降りた主人公は、八重洲口行きのバスに乗ろうとしますが、その列は異常なほど長く、人々は皆、革命に参加しようとしているようです。バスに乗ると、人々はピストルや機関銃で武装しており、悪魔の日本を倒すために各国が応援していると語ります。自衛隊も幹部以外は味方だと言います。

バスは皇居に向かいますが、そこでは皇太子と皇太子妃が処刑され、天皇と皇后の首なしの胴体が転がっています。さらに、昭憲皇太后が現れ、主人公と激しい口論を繰り広げます。最後には、主人公はハゲを恐れて皇太后から逃げ出します。この異常な光景は、革命というよりは、むしろ混乱と狂気に満ちた夢の中の出来事として描かれています。

この作品が問題視されたのは、天皇や皇族に対する直接的な言及と、処刑や暴行などの過激な描写が含まれていたためです。特に「ミッチー」「美智子妃殿下」「昭憲皇太后」「ヒロヒト」といった実名が使われ、皇室に対する冒涜的な表現は、右翼団体からの激しい抗議を招きました。中央公論社は当初、表現の自由を守る姿勢を示しましたが、抗議や圧力に屈し、編集長らが更迭される事態となりました。さらに、右翼少年による社長宅襲撃事件が発生し、社長夫人が殺害されるという悲劇にまで発展しました。

事件後、深沢七郎は公の場から姿を消し、地方を転々としました。彼はこの事件を深く悔やみ、作品の復刻を拒否し続けました。しかし、2012年に著作権継承者の承諾を得て、電子書籍として出版されることになりました。

『風流夢譚』は、単なる風刺小説にとどまらず、当時の社会情勢や天皇制に対する深い批判を含んでいます。江藤淳は、この作品を「天皇制否定の小説でもなければ、革命待望の小説でもない」と評し、むしろ「滅亡への憧憬をうたったファンタジー」だと分析しています。また、作中に描かれる混乱や狂気は、60年安保後の社会の倦怠感や閉塞感を反映しているとも考えられます。

深沢七郎自身は、この作品を「悪かった」と謝罪しましたが、『風流夢譚』は、出版を巡る騒動や社会的な影響も含めて、日本の文学史における重要な作品の一つと言えるでしょう。その過激な描写やタブーに挑む姿勢は、今なお議論を呼んでやみません。この作品は、単なる夢物語としてだけでなく、当時の社会に対する深い洞察と、作家の強いメッセージが込められた作品として読み解くべきです。

登場人物について補足すると、主人公は夢の中で様々な人物と出会いますが、そのほとんどが現実社会を反映した存在です。例えば、ヌードダンサーの春風そよ子や、皇居にグラビア撮影に行く記者などは、当時の世相を象徴しています。また、皇太子、美智子妃、天皇、皇后、昭憲皇太后は実名で登場し、物語にリアリティを与えています。

『風流夢譚』は、その内容から発禁処分になったと誤解されることもありますが、実際には発禁にはなっていません。しかし、社会的な影響の大きさから、長らく出版されず、海賊版が出回る状況が続いていました。インターネットの普及により、近年は海賊版がネット上に公開されていることもあります。この作品は、その発表から半世紀以上が経過した現在でも、その衝撃的な内容と、文学的な価値から、多くの読者を惹きつけています。

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