飛鳥の石造物

奈良県の中央部に位置する飛鳥地方、現在の明日香村とその周辺には、古代の人々が石を用いて作り上げた様々な遺構や遺物が数多く残されています。これらは総称して「飛鳥の石造物」と呼ばれ、その多くが飛鳥時代のものと推定されています。主に花崗岩で製作されたこれらの石造物は、その形状や意図が明確でないものが多く、後の時代の日本の文化、特に仏教美術の主流とは異なる異質な性格を持つことから、「謎の石造物」と称されることも少なくありません。一部の研究者の間では、これらの石造物と大陸から伝わった道教との関連を示唆する見解も提示されています。

主要な石造物とその特徴

飛鳥の石造物には、多様な形態を持つユニークなものが含まれています。その中でも特に知られているいくつかの例を紹介します。

猿石
明日香村下田平にある石像で、1702年（元禄15年）に梅山古墳の近くの田んぼから発見されました。人間の姿を模した石人像です。

石人像
須弥山石が発掘された場所と同じ場所から1903年（明治36年）に見つかった石像で、「道祖神」という別名でも知られています。岩に腰掛ける男性の後ろに女性が手を添えている姿をしており、内部に通る細い管の構造から噴水施設の一部であった可能性が指摘されています。身につけている衣装は飛鳥時代の様式を示唆しますが、顔立ちからはペルシャやインドの人物をモデルにしたとする説もあり、その起源には謎が残ります。飛鳥資料館では、実物とともに噴水装置として復元された展示を見ることができます。

人頭石（顔石）
高取町観覚寺の境内に安置されている、人間の顔が彫られた石です。現在では手水鉢として利用されていますが、猿石と同時期に発掘されたと考えられています。

二面石
明日香村の橘寺の境内にある石像で、その名の通り、前と後ろの両面に人の顔が彫られています。

亀石
明日香村川原に横たわる巨大な石で、亀がうずくまっているかのような形をしています。

亀形石造物
1998年（平成10年）に酒船石のある丘陵の麓で発見された石造物です。亀、あるいはスッポンを象ったものと解釈されています。

マラ石
明日香村祝戸、国営飛鳥歴史公園の入口近くに斜めに突き立つ石で、仏教考古学者の石田茂作氏によってこの名が付けられました。男性器を思わせる形状から様々な憶測を呼びますが、宮域を示す境界石や橋脚として用いられたとする説などもあり、確かな用途は判明していません。

弥勒石
飛鳥寺の南西、飛鳥川の東岸に位置する石で、高さは約2メートル、幅は約1メートルです。地蔵菩薩に似た形状をしていますが、古代の条里制における標石であったとする説も唱えられています。この石に祈願すると下半身の病が癒えるという伝承があり、現在は祠が設けられ、地元の人々の信仰対象となっています。

須弥山石
1902年（明治35年）、明日香村石神の田んぼ（石神遺跡）から発掘された石造物です。浮き彫りが施された石を積み上げた噴水装置の跡と考えられています。外側の模様や内部の水路の構造から、本来は4段または5段構成であったと推測されています。『日本書紀』には、斉明天皇が外国の使者を招いて須弥山石のそばで宴を開いたという記述があり、文献上の記録と一致する稀有な例です。飛鳥資料館には実物が展示されており、4段に復元された模型も公開されています。

酒船石（岡）
明日香村岡にある石で、上部に複雑な幾何学的な溝が彫られています。後年発見された出水地区の酒船石と区別するため、「岡の酒船石」とも呼ばれます。

出水酒船石
1916年（大正5年）に明日香村出水の田から見つかった酒船石です。現在は文化財保護法が制定される以前に発見された個人所有の埋蔵物として、京都の野村別邸「碧雲荘」の庭に移されており、一般には公開されていません。飛鳥資料館でそのレプリカを見ることができます。

車石
1935年（昭和10年）、岡の酒船石から南に約10メートル離れた場所で発見された石です。中央に車輪のような溝が彫られており、酒船石との関連が議論されています。飛鳥資料館では、出水酒船石や車石を組み合わせ、導水施設として機能していた可能性を示す展示を行っています。

文様石
明日香村豊浦、向原寺（かつての豊浦寺跡）にある、文様が刻まれた石です。一部は江戸時代に造られた用水路（和田池に通じるトンネル）の壁石として転用されています。

川原の立石、岡の立石、上居の立石
これらは飛鳥地方の各地に存在する、垂直に立てられた石です。川原の立石は川原寺の東の飛鳥川沿いで発見されましたが、現在は埋め戻されています。岡の立石は岡寺の山門近くにあり、上居の立石は石舞台古墳から多武峰へ向かう道の途中に位置しています。

立部の立石
明日香村立部にある定林寺跡に残る高さ約1メートルの立石です。地元の言い伝えでは聖徳太子の遊び道具と関連付けられ、「乳母石」とも呼ばれてきました。花崗岩製で他の飛鳥石造物と同種であり、頭部や顔らしき初期加工の跡が見られることから、人面相を表しているという見解もあります。

こぐり石
橿原市新賀町にある市杵島神社の境内にある石造物です。

鬼の俎・鬼の雪隠
明日香村野口および平田にある一連の石造物で、宮内庁によって欽明天皇檜隈坂合陵の陪冢に指定されています。

益田岩船
橿原市白橿町に位置する巨大な石造物で、奈良県の指定史跡となっています。飛鳥の石造物の中では最大規模を誇ります。

これらの石造物は、当時の建築技術や土木技術、あるいは人々の信仰や思想を知る上で貴重な手がかりとなりますが、その多くが未だにその本来の目的や意味するところが解明されておらず、古代飛鳥の謎を深く物語る存在と言えるでしょう。

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