駒井哲郎

駒井哲郎：モノクロームの幻想世界を追求した銅版画家

駒井哲郎（1920-1976）は、20世紀を代表する日本の銅版画家である。油彩画や色彩版画も制作しているものの、彼の芸術活動の中心は常にエッチングであり、そのモノクロームの世界で、繊細かつ大胆な表現を追求し続けた。

彼の作品は大きく分けて二つの様式に分類できる。一つは、パウル・クレーの影響が色濃く反映された抽象的で幻想的な作品群。幾何学的形状と有機的な線が複雑に絡み合い、観る者の想像力を掻き立てる、独特の視覚的体験を提供する。もう一つは、樹木や風景を写実的なタッチで描いた作品群。緻密な描写と繊細な陰影の表現は、現実の風景を超えた、深遠な自然観を表現している。

駒井は少年時代からエッチングに魅せられた。慶應義塾普通部在学中、西田武雄（西田半峰）に師事し、エッチングの技法を習得。西田は銅版画の普及に尽力した人物であり、その影響は駒井の生涯にわたる銅版画への没頭へと繋がったと言えるだろう。その後、東京美術学校（現・東京藝術大学）油画科に進学。卒業制作として制作された自画像は、暗闇の中で白い顔が浮かび上がる特異な作風で知られ、彼の油絵における才能も垣間見ることができる。

第二次世界大戦中は日本版画奉公会の会員として活動。戦後、数々の展覧会で受賞を重ね、国内外で高い評価を得る。1954年から1955年にかけては渡仏し、パリ国立美術学校でビュランの技法を学んだ。ビュランは、薬品で銅板を腐蝕させるエッチングとは異なり、彫刻刀で銅板に直接線を彫る技法である。しかし、帰国後は再びエッチングに回帰し、ビュランによる作品は少ない。

1963年には東京藝術大学講師に就任し、1971年には助教授、1972年には教授に昇格。後進の指導にも力を注いだ。1973年には自選による作品集『駒井哲郎銅版画作品集』を刊行。しかし、56歳の若さで舌癌のため逝去した。

駒井哲郎は、大岡信や安東次男といった文学者とも交流が深く、安東とのコラボレーションによる詩画集『からんどりえ』（1960年）は、版画と詩を同じ紙に刷った、日本では初めての試みとして知られる。同時代の棟方志功や浜口陽三らに比べ、やや地味な存在と評されることもあるが、日本美術界において長らくマイナーな分野であった銅版画の普及と地位向上に貢献した作家として、高い評価を得ている。

没後も彼の作品は高く評価されており、2012年には福原義春が50年以上かけて収集した作品約500点が世田谷美術館に寄贈された。近年では、大規模な回顧展も開催され、改めてその芸術的価値が再認識されている。彼の作品は、静謐でありながらも力強く、観る者の心に深い印象を残す。モノクロームの世界で表現された、幻想と現実が交錯する独特の宇宙は、これからも多くの人の心を魅了し続けるだろう。

代表作品

束の間の幻影 (1950年)
夢の扉 (1950年)
ある空虚 (1957年)
樹 (1958年)
森の中の空地 (1970年)

主な作品集・著書

駒井哲郎の作品集や著書は多数存在する。ここでは、代表的なものをいくつか挙げるにとどめる。

現代版画　駒井哲郎 (筑摩書房)
駒井哲郎版画作品集 (美術出版社)
銅版画のマチエール (美術出版社)
白と黒の造形 (小沢書店)

評伝

駒井哲郎の生涯と作品について書かれた評伝もいくつか出版されている。

中村稔『束の間の幻影　銅版画家駒井哲郎の生涯』(新潮社)

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