高岡智照

高岡智照（たかおか ちしょう）

1896年（明治29年）4月22日から1994年（平成6年）10月22日までを生きた尼僧。東京・新橋の花柳界で一世を風靡した人気芸妓「照葉」として知られ、後に仏門に入り、荒廃していた京都の祇王寺を再興した人物です。

波乱に満ちた幼少期から大阪での芸妓デビュー

高岡智照は、本名を高岡たつとして奈良県に生まれました（出生地については奈良県と大阪市に届け出上の違いがあります）。酒好きの鍛冶職人だった父のもとで育ちますが、幼くして母を亡くすなど、恵まれた環境ではありませんでした。わずか12歳で大阪南地の置屋に預けられ、厳しい世界に足を踏み入れます。14歳で貸座敷「加賀屋」の養女となり、「千代葉」の源氏名で芸妓として店出しすると、その美貌はすぐに評判となり、大阪屈指の人気芸妓となりました。

壮絶な恋と断指、そして東京へ

千代葉時代、若くして資産家の息子である音峰と深く愛し合うようになり、結婚の約束を交わします。しかし、些細な誤解から仲違いが生じ、その真情を示すため、なんと左手の小指の先を自ら切り落とすという壮絶な行動に出ます。この「指つめ事件」は当時大きなスキャンダルとなり、大阪に留まることが難しくなった彼女は、18歳頃に上京を決意します。新橋の人気芸妓、清香の助けを得て東京へ移った彼女は、名を「照葉」と改め、新橋の花柳界で新たな一歩を踏み出します。

「照葉」として一世を風靡

東京でのデビューの日、彼女は故郷で可愛がっていた弟の焼死という悲劇的な知らせを受けます。相次ぐ心の痛みに打ちひしがれ、座敷では口数の少ないおとなしい芸者でしたが、大阪での断指の経緯が知られるにつれて、その壮絶な背景と哀愁を帯びた美しさに惹かれる客が殺到し、あっという間に新橋一の人気芸妓となります。その姿を捉えた絵葉書は飛ぶように売れ、「東京の芸者で修正がいらないのは照葉だけ」とまで言われるほどの美貌でした。芸事よりも学問に傾倒し、読書を通じて知性を磨いたことも、多くの文人墨客を惹きつける一因となりました。

芸妓引退後の波乱万丈な人生

人気絶頂の最中、照葉は大阪の相場師と結婚し、芸妓を引退。夫と共にアメリカへ渡ります。しかし、結婚生活はすぐに破綻し、二度にわたる自殺未遂を図るなど精神的に追い詰められます。その後も離婚、再婚と別離、バーの経営、女優としての映画出演（小田照葉、出雲照葉名義）、松竹大部屋女優、再び芸妓に戻るなど、様々な職業を経験し、多くの男性遍歴や人間関係のもつれを経て、文字通り波乱に満ちた日々を送ります。この間、自らの経験を綴った自伝『照葉懺悔』などを出版し、作家としても活動しました。

出家、そして祇王寺の再興へ

激動の人生を送る中で、彼女は仏道への深い想いを募らせていました。故郷・奈良で一時隠棲し、観音経の読誦を日課とする中で、その思いは確固たるものとなります。そして、39歳（1935年）で奈良の久米寺にて得度し、「智照」という法名を授かります。縁あって京都嵯峨野にある廃寺同然となっていた祇王寺に入庵した智照尼は、荒れ果てた寺の復興にその晩年のすべてを捧げます。又従姉妹らと共に、地道な努力を重ねることで祇王寺は徐々に活気を取り戻し、かつて自身が苦難を乗り越えた経験から、様々な事情を抱える女性たちが安らぎを見出す場所として知られるようになりました。その生涯と祇王寺での活動は、作家・瀬戸内晴美（後の寂聴）によって小説『女徳』のモデルともなりました。

明治、大正、昭和、平成という激動の時代を、壮絶な経験と不屈の精神で生き抜いた高岡智照尼は、98歳という高齢でその生涯を閉じました。その波乱万丈な人生と、苦難を乗り越えて祇王寺を心の拠り所として再興した功績は、今なお多くの人々に語り継がれています。

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