高橋信三
高橋 信三（たかはし しんぞう、1901年〈明治34年〉8月13日 - 1980年〈昭和55年〉1月19日）は、日本の放送界において重要な役割を果たした人物です。特に毎日放送（MBS）の設立から成長、そしてテレビ東京（旧：東京12チャンネル）の経営支援に至るまで、その影響力は多岐にわたりました。
東京都出身の高橋氏は、慶應義塾大学経済学部を卒業後、大正15年（1926年）に大阪時事新報社に入社しました。その後、昭和3年（1928年）に毎日新聞社へ移り、副主筆などを務めます。新聞記者として経験を積んだ後、昭和25年（1950年）には、現在の毎日放送の前身となる新日本放送（NJB）の設立に関わり、常務取締役に就任しました。
NJB、そして毎日放送の実質的な創業者として、高橋氏はその設立と開局において中心的な役割を担いました。同局は毎日新聞社系列と見なされていましたが、実際には毎日新聞社からの積極的な支援が少ない中、高橋氏が自身の幅広い人脈とコネクションを駆使して開局に漕ぎ着けたものです。また、ラジオ事業の構想が具体化する中で、朝日新聞社が共同事業を持ちかけた際、高橋氏が強く反対したため実現せず、これが後に朝日放送（ABC）が別途開局する契機となりました。この経緯から、毎日放送と毎日新聞社との関係は他の在阪局と新聞社の関係とは異なり、より対等なものになったと言われています。
昭和28年（1953年）、NJB専務取締役に昇格した高橋氏は、テレビ放送の時代を見据えます。昭和30年（1955年）には大阪テレビ放送（OTV）をABCとの合弁で設立・開局しましたが、当初から独自のテレビ局開局を目指していました。近畿圏での民放テレビ局が増える機会を捉え、昭和33年（1958年）に合弁解消を申し入れます。OTVの引き取り先を巡るジャンケンという異例の形でOTVはABCに引き取られることとなり、高橋氏にとって悲願だった毎日放送単独でのテレビ開局が現実となりました。社名を「毎日放送」と改めたNJBは、昭和34年（1959年）3月1日にテレビ本放送を開始します。
しかし、MBSテレビは希望していた東京の放送局とのネットワーク構築に苦労しました。ラジオ東京（KRT、現TBSテレビ）とのネットは断られ、フジテレビとの連携も頓挫。結果として民間初の教育テレビ局として準備が進められていた日本教育テレビ（NETテレビ、現テレビ朝日）とネットワークを組むことになります。当初は劣勢を強いられましたが、これを機に在阪局のリーダーシップを目指し、在京局と対等に渡り合える体制づくりを進めていきました。
昭和36年（1961年）、杉道助氏の後を受け、毎日放送の第2代社長に就任。前年（1960年）にアメリカでNBCの放送センターを視察した経験から、郊外に放送センターを設ける必要性を確信し、大阪府吹田市の千里丘陵に広大な敷地を購入して放送センターを建設することを推進しました。このMBSの郊外移転は、後にNHKが東京・代々木に放送センターを移転する際にも影響を与えたとされます。
社長時代の高橋氏は、在京局、特にNETとの関係において独自のスタンスを貫きました。昭和38年（1963年）には、NET発の全国ネット番組『大正テレビ寄席』を、内容や視聴率を理由に打ち切り、自社制作枠に置き換えるという大胆な行動に出ます。これに対しNETも反発し、番組の放送時間を重複させるなどの事態に発展しました。しかし、MBSはこの打ち切りを機に、水曜日昼枠を自社制作の全国ネット番組（後の『ダイビングクイズ』などに繋がる）として確立するなど、積極的に番組編成を進めました。
ラジオにおいても、昭和39年（1964年）にはTBSラジオとのネットワークを構築し、翌昭和40年（1965年）にはJRN・NRNの両ネットワークに加盟します。しかし、報道に関してはJNN協定の兼営局規定によりTBSからのニュースはABCラジオに流れることになり、MBSラジオは引き続き毎日新聞ニュースを自主制作しました。昭和49年（1974年）には毎日新聞社からニュース編集権を移管され、報道の完全自主権を獲得しています。また、初期にネット受けしたTBS発番組が関西で不振だったことから、地域色を重視した番組制作に転換し、『ありがとう浜村淳です』などのヒット番組を生み出し、MBSラジオの聴取率を回復させました。
昭和43年（1968年）、経営危機に陥っていた東京12チャンネル（当時は「科学テレビ」を運営する日本科学技術振興財団が免許）の支援に乗り出します。毎日放送は、東京12チャンネルの番組制作を請け負う新会社「株式会社東京十二チャンネルプロダクション」（現・テレビ東京）に出資し、高橋氏自身も取締役に就任しました。これは、東京12チャンネルを首都圏第5局として独立させると同時に、MBSが事実上のキー局となる「東京毎日放送」への転換を目指すものでしたが、政財界からの反対もあり、主導権は日本経済新聞社へと移ることになります。しかし、高橋氏はその後も東京12チャンネルの取締役として在籍し続け、関西におけるテレビ東京系列局（現在のテレビ大阪）の開局支援にも尽力しました。MBSは現在もテレビ東京の大株主の一つとして、その経営を支えています。
また、高橋氏は長年の懸案であった大阪の放送局のネット系列問題を解決に導きました。昭和49年（1974年）11月、TBS社長からの提案を受け、翌昭和50年（1975年）3月31日に毎日放送はNET（ANN）系列からTBS（JNN）系列へ、朝日放送（ABC）はTBS系列からNET系列へと、大規模な番組ネットの変更（いわゆる「腸捻転」解消）を実現させました。この改革に伴い、MBSにとって重要な番組であった『日曜お笑い劇場』（吉本新喜劇）の枠がABCテレビに移動することになりますが、高橋氏は営業部門と吉本興業と連携し、新たなスポンサーを獲得することで、土曜午後への移動ながらも『花月爆笑劇場』として番組を存続させました。
社長時代、日本民間放送連盟（民放連）の副会長も務めた高橋氏は、放送内容に対する厳格な姿勢で知られました。特に「エログロ排除」の方針は徹底しており、NETテレビの『23時ショー』を打ち切った一件はその代表例です。準教育局としての立場も踏まえ、低俗化を嫌った高橋氏の考えは、在阪局（ABC、KTV）や他地方の放送局にも影響を与え、類似の番組ネット拒否や自主規制の動きを促しました。
昭和52年（1977年）、16年間務めた社長を退任し、代表取締役会長に就任しました。同年、経営危機に瀕した毎日新聞社の再建にも社外役員として貢献しています。昭和55年（1980年）1月19日、肝腫瘍のため、会長在任中に死去しました。享年80（満78歳）。
高橋信三氏は、毎日放送を関西を代表する放送局に育て上げるとともに、東京12チャンネルの支援やテレビ局間のネットワーク再編にも深く関わるなど、日本の民間放送の発展に多大な貢献をした、その功績は今日の放送業界にも引き継がれています。
新聞記者から放送界へ
東京都出身の高橋氏は、慶應義塾大学経済学部を卒業後、大正15年（1926年）に大阪時事新報社に入社しました。その後、昭和3年（1928年）に毎日新聞社へ移り、副主筆などを務めます。新聞記者として経験を積んだ後、昭和25年（1950年）には、現在の毎日放送の前身となる新日本放送（NJB）の設立に関わり、常務取締役に就任しました。
毎日放送（MBS）の礎を築く
NJB、そして毎日放送の実質的な創業者として、高橋氏はその設立と開局において中心的な役割を担いました。同局は毎日新聞社系列と見なされていましたが、実際には毎日新聞社からの積極的な支援が少ない中、高橋氏が自身の幅広い人脈とコネクションを駆使して開局に漕ぎ着けたものです。また、ラジオ事業の構想が具体化する中で、朝日新聞社が共同事業を持ちかけた際、高橋氏が強く反対したため実現せず、これが後に朝日放送（ABC）が別途開局する契機となりました。この経緯から、毎日放送と毎日新聞社との関係は他の在阪局と新聞社の関係とは異なり、より対等なものになったと言われています。
テレビ時代の戦略
昭和28年（1953年）、NJB専務取締役に昇格した高橋氏は、テレビ放送の時代を見据えます。昭和30年（1955年）には大阪テレビ放送（OTV）をABCとの合弁で設立・開局しましたが、当初から独自のテレビ局開局を目指していました。近畿圏での民放テレビ局が増える機会を捉え、昭和33年（1958年）に合弁解消を申し入れます。OTVの引き取り先を巡るジャンケンという異例の形でOTVはABCに引き取られることとなり、高橋氏にとって悲願だった毎日放送単独でのテレビ開局が現実となりました。社名を「毎日放送」と改めたNJBは、昭和34年（1959年）3月1日にテレビ本放送を開始します。
しかし、MBSテレビは希望していた東京の放送局とのネットワーク構築に苦労しました。ラジオ東京（KRT、現TBSテレビ）とのネットは断られ、フジテレビとの連携も頓挫。結果として民間初の教育テレビ局として準備が進められていた日本教育テレビ（NETテレビ、現テレビ朝日）とネットワークを組むことになります。当初は劣勢を強いられましたが、これを機に在阪局のリーダーシップを目指し、在京局と対等に渡り合える体制づくりを進めていきました。
昭和36年（1961年）、杉道助氏の後を受け、毎日放送の第2代社長に就任。前年（1960年）にアメリカでNBCの放送センターを視察した経験から、郊外に放送センターを設ける必要性を確信し、大阪府吹田市の千里丘陵に広大な敷地を購入して放送センターを建設することを推進しました。このMBSの郊外移転は、後にNHKが東京・代々木に放送センターを移転する際にも影響を与えたとされます。
ネットワークと編成の攻防
社長時代の高橋氏は、在京局、特にNETとの関係において独自のスタンスを貫きました。昭和38年（1963年）には、NET発の全国ネット番組『大正テレビ寄席』を、内容や視聴率を理由に打ち切り、自社制作枠に置き換えるという大胆な行動に出ます。これに対しNETも反発し、番組の放送時間を重複させるなどの事態に発展しました。しかし、MBSはこの打ち切りを機に、水曜日昼枠を自社制作の全国ネット番組（後の『ダイビングクイズ』などに繋がる）として確立するなど、積極的に番組編成を進めました。
ラジオにおいても、昭和39年（1964年）にはTBSラジオとのネットワークを構築し、翌昭和40年（1965年）にはJRN・NRNの両ネットワークに加盟します。しかし、報道に関してはJNN協定の兼営局規定によりTBSからのニュースはABCラジオに流れることになり、MBSラジオは引き続き毎日新聞ニュースを自主制作しました。昭和49年（1974年）には毎日新聞社からニュース編集権を移管され、報道の完全自主権を獲得しています。また、初期にネット受けしたTBS発番組が関西で不振だったことから、地域色を重視した番組制作に転換し、『ありがとう浜村淳です』などのヒット番組を生み出し、MBSラジオの聴取率を回復させました。
テレビ東京への支援と「腸捻転」解消
昭和43年（1968年）、経営危機に陥っていた東京12チャンネル（当時は「科学テレビ」を運営する日本科学技術振興財団が免許）の支援に乗り出します。毎日放送は、東京12チャンネルの番組制作を請け負う新会社「株式会社東京十二チャンネルプロダクション」（現・テレビ東京）に出資し、高橋氏自身も取締役に就任しました。これは、東京12チャンネルを首都圏第5局として独立させると同時に、MBSが事実上のキー局となる「東京毎日放送」への転換を目指すものでしたが、政財界からの反対もあり、主導権は日本経済新聞社へと移ることになります。しかし、高橋氏はその後も東京12チャンネルの取締役として在籍し続け、関西におけるテレビ東京系列局（現在のテレビ大阪）の開局支援にも尽力しました。MBSは現在もテレビ東京の大株主の一つとして、その経営を支えています。
また、高橋氏は長年の懸案であった大阪の放送局のネット系列問題を解決に導きました。昭和49年（1974年）11月、TBS社長からの提案を受け、翌昭和50年（1975年）3月31日に毎日放送はNET（ANN）系列からTBS（JNN）系列へ、朝日放送（ABC）はTBS系列からNET系列へと、大規模な番組ネットの変更（いわゆる「腸捻転」解消）を実現させました。この改革に伴い、MBSにとって重要な番組であった『日曜お笑い劇場』（吉本新喜劇）の枠がABCテレビに移動することになりますが、高橋氏は営業部門と吉本興業と連携し、新たなスポンサーを獲得することで、土曜午後への移動ながらも『花月爆笑劇場』として番組を存続させました。
放送界の規範と晩年
社長時代、日本民間放送連盟（民放連）の副会長も務めた高橋氏は、放送内容に対する厳格な姿勢で知られました。特に「エログロ排除」の方針は徹底しており、NETテレビの『23時ショー』を打ち切った一件はその代表例です。準教育局としての立場も踏まえ、低俗化を嫌った高橋氏の考えは、在阪局（ABC、KTV）や他地方の放送局にも影響を与え、類似の番組ネット拒否や自主規制の動きを促しました。
昭和52年（1977年）、16年間務めた社長を退任し、代表取締役会長に就任しました。同年、経営危機に瀕した毎日新聞社の再建にも社外役員として貢献しています。昭和55年（1980年）1月19日、肝腫瘍のため、会長在任中に死去しました。享年80（満78歳）。
高橋信三氏は、毎日放送を関西を代表する放送局に育て上げるとともに、東京12チャンネルの支援やテレビ局間のネットワーク再編にも深く関わるなど、日本の民間放送の発展に多大な貢献をした、その功績は今日の放送業界にも引き継がれています。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。