魅惑者

『魅惑者』は、ウラジーミル・ナボコフが1939年にパリで執筆した中編小説です。ロシア語で書かれたナボコフ最後のフィクション作品であり、生前には発表されませんでした。彼の死後、1986年に息子のドミトリーによって英語に翻訳され、翌年に出版されました。ロシア語版は1991年に初めて公開されました。

物語は、時代や場所が特定されない抽象的な世界を舞台に展開されます。主人公は名前のない中年男性で、ある種の思春期の少女に強い欲望を抱いています。彼は公園で出会った特定の少女に心を奪われ、彼女に近づくため、その母親と結婚するという手段に出ます。病弱だった母親はすぐに亡くなり、男性は少女の保護者となります。彼は少女を連れて当てのない旅に出かけ、最初の夜にはフレンチ・リヴィエラに滞在します。

この物語は、ナボコフの代表作『ロリータ』との関連性で注目されています。ナボコフ自身も『魅惑者』を「プレ『ロリータ』」と呼んでおり、その内容から『ロリータ』のテーマが既にこの作品で示唆されていたことがわかります。特に、少女への異常な執着や、倫理観を欠いた行動は、『ロリータ』の主人公ハンバート・ハンバートに通じるものがあります。

興味深いことに、ナボコフの別の作品『賜物』にも『魅惑者』への言及が見られます。『賜物』の第2章では、シチョーゴレフという登場人物が、『魅惑者』で描かれるヘベフィリアの戦略、つまり、少女に接触するために母親と結婚するという行為を解説しています。この『賜物』は、『魅惑者』より前の1933年から1938年にかけて書かれており、ナボコフがこのテーマを長らく温めていたことがうかがえます。

『魅惑者』は、ナボコフの文学世界を理解する上で重要な作品です。その発表経緯や内容から、ナボコフの作品に共通するテーマやスタイルを読み解く鍵となるでしょう。

『ロリータ』との繋がり

『魅惑者』は、ナボコフ自身が「プレ『ロリータ』」と認めているように、後の彼の代表作『ロリータ』の原型となる作品です。少女への異常な執着、倫理観を欠いた行動、そして物語全体を覆う倒錯的な雰囲気は、『ロリータ』の主要なテーマと深く共鳴します。

『賜物』との繋がり

『賜物』に登場するシチョーゴレフの言及は、ナボコフが『魅惑者』の構想を温めていた期間を示すだけでなく、彼が自身の作品間でテーマを相互に参照していたことを示唆しています。この繋がりは、ナボコフの作品全体をより深く理解する上で重要な要素となります。

参考資料

* Angela Carter: Nabokov's nymphet novella (1987) [1]

以上の情報から、『魅惑者』はナボコフの文学的な思考を深く理解する上で欠かせない作品であり、『ロリータ』の原点として、また、彼の作品全体のテーマを考察する上で重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

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