鮑恂

鮑恂（ほう じゅん）は、元末から明初にかけての激動の時代を生きた儒学者です。生没年は明確にはわかっていません。字は仲孚（ちゅうふ）、号を西渓先生（せいけいせんせい）と称しました。彼の本貫は嘉興府崇徳県（かこうふすうとくけん）にありました。

鮑恂は若い頃、臨川県（りんせんけん）に住む著名な儒学者、呉澄（ごちょう）から『易経』の講義を受け、学問の基礎を築きました。呉澄の教えは、彼の後の学問観に大きな影響を与えたと考えられます。元朝末期の混乱期であった後至元元年（1335年）、鮑恂は難関の進士試験に合格し、官僚としての道を歩み始めました。この進士及第は、彼の学識の高さを示すものであり、その後の活躍の足がかりとなりました。

至正年間（しせいねんかん）、鮑恂は優れた人物として推薦を受け、温州路学正（おんしゅうろがくせい）に任命されました。学正とは、地方の学校の教育を司る役職であり、彼の学識と教育への熱意が評価された結果でしょう。しかし、ほどなくして彼は中央の翰林院（かんりんいん）へと召し出されました。翰林院は皇帝の諮問に応じる役所であり、高い学識を持つ者のみが務めることができました。にもかかわらず、彼はこの役職に就任することを辞退しました。この背景には、当時の政治情勢や彼自身の考えがあったと考えられます。

明朝が成立し、洪武4年（1371年）には、明初の科挙が実施されることになり、鮑恂は同考官として召し出されました。同考官とは、試験問題を審査し、合否を決定する重要な役職です。科挙試験が終わると、鮑恂は再び官職を辞し、静かに過ごしました。その後、洪武15年（1382年）、礼部主事の劉庸（りゅうよう）によって、彼の才能が再び注目されることになりました。劉庸は鮑恂を上京させ、皇帝に推薦しました。この時、鮑恂はすでに80歳を超えていましたが、その学識の高さは衰えることなく、顧問の座を賜りました。顧問は、皇帝に助言や意見を述べる役割であり、その学識と経験が期待されました。翌日、彼は文華殿大学士（ぶんかでんだいがくし）に任命されましたが、高齢と病気を理由に固辞し、故郷へと帰りました。

鮑恂の学問的業績は、著書として後世に伝えられています。『大易挙隅（だいえききょぐう）』は易経に関する研究書であり、全3巻で構成されています。また、『西渓漫稿（せいけいまんこう）』は彼の随筆集で、全4巻からなります。これらの著書は、彼の深い学識と幅広い知識を物語っています。

鮑恂は、元末から明初という激動の時代を生き抜き、学問を通じて社会に貢献した人物です。官僚としてのキャリアを歩みながらも、自身の信念を貫き、晩年は故郷で静かに過ごしました。彼の生涯は、学問への情熱と、世俗的な名声よりも自己の信念を貫くことの大切さを教えてくれます。彼の学問的遺産は、後世の学者たちに大きな影響を与え、その名は歴史に刻まれています。

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