鵜殿のヨシ原

鵜殿のヨシ原は、大阪府高槻市鵜殿から上牧にかけての淀川右岸に広がる広大なヨシの群生地です。その美しさは、「大阪みどりの百選」「関西自然に親しむ風景100選」「美しい日本の歩きたくなるみち500選」にも選ばれるほど。

概要

宇治川、桂川、木津川が合流して淀川となる地点から約5km下流に位置するこのヨシ原は、約75ヘクタール、長さ約2.5kmにも及び、淀川流域で最大規模を誇ります。多様な野鳥や動植物が生息する貴重な場所であり、古くから多くの歌人に愛されてきました。紀貫之の『土佐日記』にもその名が登場し、谷崎潤一郎の小説『蘆刈』の舞台としても知られています。

鵜殿のヨシは、高さが3メートルにも達する大型で、太く弾力性に富んでいます。そのため、雅楽で使用される篳篥（ひちりき）の蘆舌（リード）の材料として珍重されてきました。昭和20年頃までは、毎年100本が宮内庁に献上されていたほどです。現在でも、宮内庁楽部で使用される蘆舌は、すべて鵜殿産のヨシで作られています。顕微鏡で観察すると、鵜殿のヨシは他のヨシよりも繊維密度が高く、独特の音色を生み出すことがわかっています。

歴史

鵜殿一帯は、奈良時代には都の牧場として利用されていました。地名の由来は、『古事記』によると、紀元前88年の建波邇安王の乱で敗れた将兵が淀川に落ち、鵜のように浮いたことから「鵜河」と呼ばれるようになったとされています。平安時代には、鵜河のほとりに作られた宿が「鵜殿」と呼ばれるようになり、それが地名になったと言われています。

紀貫之は承平5年（935年）に土佐からの帰京の際、「うどのといふところにとまる」と記しています。江戸時代には「宇土野」という表記も見られました。明治時代には、対岸との交通手段は渡し舟のみで、鵜殿には「鵜殿の渡し」という渡し場がありました。江戸時代の『摂津名所図会』には、鵜殿のヨシが良質であり、篳篥の吹き口として珍重され、貢物として献上されていたことが記されています。また、江戸時代にはヨシで編んだ葦簾が盛んに生産され、昭和30年代頃までは、葦簾、簾、寒天簾、建築資材などの材料として利用されていました。

ヨシ原の保全

かつては多様な動植物が生息する湿地でしたが、昭和46年（1971年）に始まった淀川改修事業によってヨシ原の面積が減少し、外来種が侵入するなど、生態系が危機に瀕しました。淀川上流の水位が低下したことで、かつては年に数回冠水していたヨシ原が、昭和59年（1984年）以降は冠水しなくなり、地下水位の低下や高水敷の干陸化によってヨシ原の減少が進みました。

平成9年（1997年）に河川法が改正され、治水・利水に加えて環境保全が目的として明記されたことを受け、平成8年（1996年）には河川敷の上流部に揚水ポンプが設置され、導水路が開設されました。その結果、ヨシ原の面積は甲子園球場の18個分に相当するまでに回復するなど、一定の成果を上げています。

鵜殿のヨシ原焼き

鵜殿では毎年2月頃に、ヨシ原の保全、害虫駆除、火災防止を目的としたヨシ原焼きが行われています。この野焼きは昭和20年代から続けられていますが、昭和45年（1970年）から5年間中断された時期がありました。その結果、ヨシ原は雑草に覆われ、ヨシの品質が低下し、絶滅の危機に瀕しました。この経験から、昭和50年（1975年）に「鵜殿のヨシ原焼き」が復活しました。

野焼きの面積は、上牧から道鵜町までの約30ヘクタールです。毎年行われていますが、平成13年（2001年）には対岸の枚方市側住民からの降灰に関する苦情により中止されました。その後、野焼き面積を減らしたり、ヨシを刈り倒した後に着火するなど、火力を弱める工夫をしていますが、近年は中止の危機を迎えています。

新型コロナウイルスの影響で、2020年から2年間ヨシ原焼きが行われなかったため、篳篥に適したヨシが育たなくなり、雅楽の歴史的危機と言われています。しかし、2022年には3年ぶりにヨシ原焼きが実施されました。

ヨシ原の植物相

環境省のレッドリストで絶滅危惧IA類に指定されているトネハナヤスリが確認されています。

新名神高速道路建設計画

現在、新名神高速道路の京都府八幡市-大阪府高槻市間が、このヨシ原の上を通る形で計画されています。この計画に対して、「SAVE THE 鵜殿ヨシ原～雅楽を未来へつなぐ～」というプロジェクトが立ち上げられ、署名活動が行われています。雅楽奏者の東儀秀樹氏も国土交通大臣に保護を訴えるなど、関心が高まっています。事業者である西日本高速道路株式会社は、「鵜殿ヨシ原の環境保全に向けた検討会」を設置し、専門家からの助言を得ながら、ヨシ原の保全と道路事業の両立を目指しています。

鵜殿のヨシ原は、自然と文化が調和した貴重な場所です。その美しい景観と、雅楽を支えるヨシを守るための取り組みが、今後も大切にされていくことが期待されます。

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