鹿児島2区選挙無効事件

鹿児島2区選挙無効事件

鹿児島2区選挙無効事件は、1945年（昭和20年）3月1日に日本の最高裁判所にあたる大審院が下した重要な判例です。これは、1942年（昭和17年）4月30日実施の第21回衆議院議員総選挙における鹿児島県第2区の選挙結果を無効としたものです。2013年に別の国政選挙に関する無効判決が出るまで、国の最高機関たる国政選挙の結果を司法が無効とした唯一の事例として、日本の憲政史・司法史に特筆されます。戦時下の厳しい権力状況下で、司法が権力からの独立を保ち、公正な選挙原則を守ろうとした画期的な判断と評価されています。

背景：翼賛選挙と提訴

この事件は、「翼賛選挙」と呼ばれた第21回衆議院議員総選挙を巡って起こりました。戦時体制下、政党が解散・再編され大政翼賛会が中心となる中で行われたこの選挙は、大政翼賛会の推薦候補者と非推薦候補者が争う構図でした。

鹿児島県第2区（定数4）から非推薦で立候補し落選した冨吉榮二氏は、推薦候補を当選させるため政府・軍が露骨な干渉を行い、非推薦候補の選挙運動を妨害したと主張し、選挙無効を大審院に提訴しました。当時、選挙無効訴訟は大審院の一審制でした。

異例の審理と無効判決

鹿児島2区の訴訟審理で、大審院第三民事部の吉田久裁判長は陪席裁判官と共に鹿児島へ出張し、当時の県知事を含む多数の関係者を直接尋問するという異例の徹底調査を行いました。これは大審院内部でも「壮挙」と評されました。

選挙から約3年後の1945年3月1日、大審院第三民事部は判決を言い渡しました。判決では、推薦候補を当選させるための不法・組織的な選挙運動があった事実を認定。そして、「自由・公正な選挙ではなく、衆議院議員選挙法第八十二条に該当する」として、選挙を無効としやり直しを命じました。さらに判決理由で「翼賛選挙は憲法および選挙法の精神に照らし大いに疑問がある」と、政府主導の選挙を厳しく批判しました。これは、戦時下で司法が独立性を発揮し、選挙の公正を守ろうとした強い意思を示すものでした。同時期に他の選挙区の同様の訴えが棄却された中で、この判断は際立っています。

判決後の影響と歴史的意義

選挙無効判決を受け、1945年3月20日に鹿児島2区でやり直し選挙が行われました。当選者は変わりませんでしたが、推薦候補が得票を減らし、非推薦候補が増えるという結果は、国民の中に政府への批判意識が高まっていた可能性を示唆します。なお、この再選挙直後に、補欠選挙などが制限される法律が成立・施行されました。

鹿児島2区選挙無効判決は、戦時下という困難な状況で司法が権力に屈せず公正な判断を下した事例として特筆されます。これは、当時の日本にも立憲主義的な考え方が残存していたことを示唆し、後の民主主義回復への一歩となり得た可能性も指摘されます。

判決を下した吉田久裁判長は、判決後間もなく裁判官を辞職し、戦後まで特高警察の監視下に置かれました。原告の冨吉榮二氏は戦後政治家として活動しましたが、洞爺丸事故で亡くなっています。

「幻の判決文」の発見

鹿児島2区選挙無効事件の判決文は、原本が東京大空襲で焼失したと考えられていたため、長らく「幻の判決文」と呼ばれていました。しかし、1985年（昭和60年）に最高裁判所の倉庫で発見され、2006年（平成18年）に報道されたことで改めて注目されました。この判決は、清永聡氏の著書などを通じ、戦時下で司法の独立を守った裁判官たちの存在と共に広く知られています。

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