黒いドミノ

ダニエル＝フランソワ＝エスプリ・オベール作曲による全3幕のオペラ・コミック『黒いドミノ』（仏: Le Domino noir）は、1837年 12月2日にパリのオペラ＝コミック座で初演されました。『黒のドミノ』と表記されることもあります。

オベールは、その9年前に発表したグランド・オペラ『ポルティチの娘』で高く評価されていましたが、その後はオペラ・コミックの分野で数々の傑作を生み出し、オペラ＝コミック座の活性化に貢献しました。本作は、『フラ・ディアヴォロ』や『王冠のダイヤモンド』などと並ぶ、オベールにとって最大の成功作の一つに数えられます。初演後、パリでは70年余りの間に1,200回を超える驚異的な上演回数を記録しました。国外でも早期に紹介され、イギリスでは1838年にロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場、アメリカでも同年にニューオリンズで初演されています。近年では、2018年にリエージュのワロニー王立歌劇場とパリのオペラ＝コミック座の共同制作として上演され、好評を博しました。

音楽とリブレット

オベールの音楽は、オペラ・コミックのジャンルに非常に適していると評価されています。音楽史家のD.J. グラウトは、そのスタイルを「軽快で、旋律が豊かでありながら、気取ったところがなく小気味よい」と評し、ウジェーヌ・スクリーブによるリブレットとの組み合わせに「パリっ子らしい、鋭敏で時に人を小馬鹿にしたような魅力」があると述べています。また、オペラ研究家の岸純信は、オベールを古典派最後の作曲家と位置づけ、「朗々と歌わせるよりも、はきはきと語りかけるようなメロディー」と「透明感のある美感」が特徴で、力で聴衆を圧倒するのではなく、「薄いベールを思わせるような、しなやかな響き」で統一されていると指摘しています。ロシアの作曲家チャイコフスキーは、1869年に本作がロシアで上演される際、会話部分を歌唱に置き換えるためのレチタティーヴォを作曲しています。

リブレットは、オベールの主要な協力者であったウジェーヌ・スクリーブが手がけました。物語は、本人の意思に反して修道女になることが決まっている若い女性が、仮面舞踏会に参加し、そこで出会った男性と恋に落ち、様々な騒動を経て最終的に結婚するという展開です。当時のオペラ＝コミック座が社交の場としての側面も持っていたことから、観客が好むハッピーエンドが作品には不可欠でした。レイノアによれば、スクライブは「聴衆にどのような劇的効果が受けるか」を的確に感知する卓越した才能を持っていました。

あらすじ

舞台はスペインのマドリードです。

第1幕

スペイン王宮のサロンでは、クリスマスのための仮面舞踏会が開かれています。修道女になる予定のアンジェルは、友人ブリジットと共に仮面をつけて舞踏会に忍び込みます。アンジェルは、前年の舞踏会で出会ったオラスという男性に惹かれていますが、彼の名を知りません。オラスもまた、「黒いドミノ」と名乗ったその女性を忘れられずにいます。二人は再会を果たしますが、アンジェルは身分を明かせません。深夜の門限までに修道院に戻る必要があった彼女たちは、ジュリアーノ伯爵とオラスによって時計を早められてしまいます。慌てたブリジットは逃げ帰りますが、アンジェルは修道院に戻れなくなってしまいます。

第2幕

修道院に戻れなかったアンジェルは、ジュリアーノ伯爵の邸宅に迷い込み、家政婦のジャサントの姪と偽って匿ってもらいます。そこへオラスを含む夜会の客たちが集まります。召使いに変装して給仕するアンジェルに、オラスは既視感を覚えます。前夜の出来事について話す中で、オラスが道で拾った「黒いドミノ」の女性のブレスレットが女王のものであると明かします。アンジェルは歌を披露し、危うく正体がばれそうになりますが、オラスが彼女にキスしようとしてようやく気づきます。アンジェルはジャサントの部屋に隠れますが、酔った門番ジル・ペレスが部屋を開けてしまい、彼女を見て幽霊と間違えます。アンジェルは機転を利かせてジル・ペレスとジャサントを部屋に閉じ込め、脱出に成功します。

第3幕

アンノンシアード修道院では、アンジェルの不在が問題視されています。彼女は女王の従姉妹であり、次期修道院長候補として有力視されていました。アンジェルはなんとか修道院に戻ります。そこへ、許嫁との面会のためオラスが現れます。一人になったオラスは、正体を隠したアンジェルと会話を交わし、彼女への変わらぬ愛を告白します。次期修道院長任命式のために招待客が集まる中、アンジェルは陰謀により修道女になるのをやめ、結婚するよう女王から命じられていることを知ります。これはアンジェルにとって幸運な展開となり、彼女は皆の前でオラスを夫に選ぶと発表します。アンジェルの友人ブリジットもジュリアーノ伯爵と結ばれることになり、物語はハッピーエンドで幕を閉じます。

上演時間と楽器編成

上演時間は約1時間53分（第1幕約35分、第2幕約43分、第3幕約35分）です。楽器編成は、標準的なオーケストラに加えて、舞台裏のバンダやハープ、オルガンなどが含まれます。

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